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現代宗教研究第35号 2001年03月 発行

教化学研究 自自公政権をあやつる創価学会

 教化学研究

    自自公政権をあやつる創価学会

乙骨正生   
 (フリー・ジャーナリスト)   

 講演を始める前に、ただいまご紹介のありましたプロフィールに、少し自己紹介を加えさせていただきたいと思います。私は昭和三十年十二月一日に、東京都下東村山市に生まれました。私が三歳になったときに、両親が創価学会に入信をするということで、自動的に創価学会の会員にさせられました。ちょうど私が中学に上がるときに、創価学会が、自前の初めての傘下学校法人である創価学園(創価中学・高校)を設立したものですから、受験したところたまたま合格し、一期生となりましたので、以後、池田大作氏の薫陶、指導を受ける機会を得ることになりました。
 その後、創価大学法学部に進学したのですが、その過程で、創価学会内部で喧伝されている池田大作氏のカリスマ化された虚像(例えば、世界最高の仏法指導者であるとか、現代の御本仏であるというような)と自分の目の前で展開される人間池田大作氏の素顔、あるいは外部である社会一般に対して説明される創価学会の主張、例えば政教分離問題に対する見解と、創価学会内部での説明や活動実態、組織実態との乖離等について疑問をもつようになりました。
 ですから創価大学進学後は、大学内部でいわゆる民主化運動のようなことをしていたのですが、昭和五十三年に日蓮正宗との第一次の対立抗争が惹起し、創価学会なかんづく池田大作氏の正宗教義からの逸脱や社会的不正行為などが次々に明らかになったことから、在学中でしたが、創価学会を脱会。脱会後は、創価学会という特殊な世界の体験を踏まえて、この特殊な世界の論理や活動が社会にどのような影響を与えているかを検証、分析した上で、そこには創価学会と公明党の政教一致問題をはじめ、言論出版妨害事件や盗聴事件に象徴されるようなさまざまな問題が内包されていることから、これを批判的な見地から検証する立場で言論活動を展開してみたいと思うようになり、在学中から週刊誌あるいは月刊誌の仕事に関わるようになり、卒業後、ジャーナリズムの世界で本格的に活動をしてきた次第でございます。
  私は、例えば大阪の石油卸売り商の泉井氏の巨額な政界工作についての疑惑事件や、許永中事件など、さまざまな政界にまつわる事件の取材も行っているのですが、御承知のように創価学会・公明党が政界で大きな影響力を持ち、いまや政権の一部にまでなっているものですから、マスコミ界からの創価学会問題についてのニーズが多く、仕事の大半を創価学会問題に割いているのが実状です。
 それだけに創価学会からは、蛇蠍のごとく嫌われており、ブラックジャーナリスト、売文屋、ウソつきライター、デッチ上ライターなどと、それこそ激しい罵詈雑言、誹謗中傷を浴びせられております。
 今回は、現代宗教研究所からの御依頼でしたが、これまでにも日蓮宗の皆さまには、何度か話をさせていただいており、以前、たしか平成八年にも、東京五反田のゆうぽーとで、あれは東京の南部宗務所でございましたでしょうか、主宰の研究講演会で昨年亡くなられた内藤国夫さんとともに話をさせていただいたことがございました。
 そのときにも、創価学会・公明党の政権参画の野望について、当時、公明党は新進党という形で、政権奪還を企図しておりましたが、非常に危険であるという話をさせていただきました。それが四年たって、いま再び、彼らがまさに本来の公明党という宗教政党に先祖返りをした上で、自民党と本格的な連立を組むという事態に立ち至ったということに、私は、大変忸怩たる思いと申しましょうか、残念な思いをいだいております。
 皆さん、すでにご承知のとおり、先般は二月六日に大阪で府知事選挙、京都で市長選が行われました。大阪府知事選挙では、自・自・公・民が推薦をした太田房江さんという通産官僚出身の女性が当選をなさいました。また京都の市長選挙では、ご承知のように現職の市長であった枡本頼兼さんという方が、これも自・自・公が押したわけですが、再選を果たしたわけです。
 しかし、今回の選挙は地方選挙ではありましたが、その大きな争点の一つは自・自・公連立政権の是非でありました。皆さんもご承知のとおり、昨年十月に国政で自・自・公連立政権が誕生し、その自・自・公三党が、この一月の通常国会の冒頭に、三党の連立を維持するための大きな条件である、衆議院比例区定数の二十削減を強行するという挙に出たのです。冒頭ですからろくな審議もありません。したがって民主・共産・社民の三党が反発して、国会が空転するという事態に立ち至りました。
 この一事にも象徴されるように、自・自・公連立体制というのは、衆議院で三百三十議席を超える数の力を頼んだ強権政治なのです。この政治が是なのか、あるいは否なのかということが、昨今の日本の政治上の一大問題となっているわけですが、今回の大阪の府知事選と京都市長選挙というのは、まさにその自・自・公連立体制の是否を問う一つのメルクマールだったわけです。両選挙はあくまで地方選挙ではありますが、近々に行われるであろう衆議院選挙の前哨戦と位置づけられていたのです。
 したがって、自民党はもちろんですが、元来、政権に入ることを切望していた創価学会ならびに公明党は、今回の両選挙を、これは自・自・公連立体制を維持するための「天王山の戦い」であると位置づけで全力を傾注いたしました。自・自・公体制を占う最大の戦いは、次の総選挙です。したがって総選挙を天下分け目の「関が原」といたしますならば、今回の大阪府知事選ならびに京都市長選挙は、歴史上の順番は逆になるかもしれませんが、まさに自・自・公連立体制を守るための「大阪冬の陣」といえる重要な選挙だったわけです。
 もともと公明党は創価学会の政治部として出発しており、両者の関係は政教一致そのものだったわけです。しかし、昭和四十五年に一大問題に発展した言論出版妨害事件を契機に、池田会長がいわゆる政教分離宣言を行ない、組織上の分離はしております。しかし、その実態は、今日にいたるも政教一体そのものであり、かつて池田さんが自ら口にしたように「両者は一体不二」の関係にあります。この点についての詳しい内容は、ちょっと時間がなくて申し上げられませんので、例えば私は最近、『公明党・創価学会の野望』(かもがわ出版)という本を出させていただきまして、その中で平成八年の衆議院選挙以後、今日の自・自・公連立政権発足に至るまでの、創価学会・公明党の動静、あるいは選挙の実態、その他を細かく検証させていただいておりますので、興味がおありになれば読んでいただきたいのですが、両者はまさに一体不二の関係にあり、創価学会は宗教活動に名を借りた熾烈な選挙活動を繰り広げているのです。
 今回の大阪知事選挙ならびに京都市長選挙でも、そうした実態が随所に散見されました。例えば京都では、枡本さんという現職の市長を、自民党と公明党・創価学会で担いだわけですが、京都の北区で開かれた枡本候補の個人演説会の会場は、青・黄・赤の三色の旗をもった人々に埋めつくされていました。
 これは何を意味しているのかと申しますと、三色の旗というのは創価学会のシンボルカラーを示す三色旗なんです。ルーマニア国旗と同じ青と黄と赤の三色の旗ですが、これをもっていたのです。この三色はもともと創価学園のシンボルカラー、スクールカラーだったのですが、これを創価学会は自らのシンボルカラーとし、平成三年に日蓮正宗・大石寺から破門されるや、創価学会は日蓮正宗から「魂の独立」を果たしたとして、三色旗を独立の証として天下に示すのだといって掲げているのです。
 枡本さんの講演会では、これを会場を埋めた多くの人がもっており、いざ講演会が始まる段になると、司会が「ただいまから市長が入場されます。三色旗を元気に振ってお迎えください」と発言。「ウワーッ」と三色旗が振られる中を現職の候補である枡本市長が入ってきたのです。そうした会場で枡本さんが何を言ったかというと、次のような迎合発言というか、媚びる話をなさったのです。
 「私は公明党の皆さんが大好きです。なぜなら、皆さんが信心をしていらっしゃるからです」
 また同様に、大阪の府知事選挙でも、各所で学会員が三色旗を振っていましたし、太田候補も、「私は創価学会の皆さんのおかげでここまで来れました」とか、あるいは「浜四津さんと親しくしていただいております」と発言。創価学会・公明党に依存した選挙をやっている実態が、浮き彫りになりました。
 創価学会において、関西の組織というのは、常に勝つ関西、「常勝関西」といわれており、創価学会において最強の組織とされています。実際、例えば平成八年の総選挙で、大阪には十九の小選挙区があるのですが、ここで創価学会が推薦した新進党の候補は、何と十六勝三敗という圧倒的な勝利をおさめました。しかも創価学会のプロパーである候補は全員当選を果たしました。これに対して東京で新進党の勝敗は半々。創価学会のプロパーの候補に限れば、十七区(葛飾等)二十区(東村山等)二十六区(八王子等)と、北区を中心とする十八区で沢たまきさんという「プレイガール」などに出演されていた創価学会芸術部幹部の女優さんの四人の学会員候補を立てたわけですけれども、当選したのは東村山を中心とした東京二十区の大野由利子さんただ一人という状況だったわけです。
 そういうことから、大阪・関西の学会組織というのは、「常勝関西」といわれる圧倒的パワーをもつ組織とされているのですが、今回の首長選挙では、その関西の力を傾注するだけではなく、何と、北は北海道から南は九州まで、全国の組織に対して、大阪・京都に知り合いがいる人は、太田・枡本に投票を依頼してほしいという、こういう指示まで出しまして、全国の学会員、全国の組織が、全力を挙げて大阪府知事選では太田候補、京都の市長選では枡本候補の当選に全力を傾注したわけです。
 その結果、大阪では太田房江さんが百十数万票をとり、京都では枡本さんが、前回は共産党推薦の候補にわずか四千票差にすぎなかったにもかかわらず、今回は七万票近い差をつけて圧勝する、こういう状況になったわけです。
 当日の夜、私は大阪に住んでいる学会の地域幹部に電話をいたしました。そしたらその地域幹部は、「もう勝った、勝ったと大騒ぎだよ。これで次の選挙もいけるとみんな喜んでいる」と言っておりました。
 ところで選挙前、太田さんは学会員ではないかという噂があって、マスコミは調べたんです。お父さんが学会員だという元学会員の話はありましたが、裏付けはとれませんでした。そういう意味では学会員かどうかわかりません。枡本さんも学会員ではありません。では、どうして非学会員である候補に、創価学会がこれほど力を入れたのかと申しますと、実は創価学会の中では、今の自・自・公連立体制というのは、「日本の柱」体制と位置付けられており、これを守ることが最優先課題となっているからです。
 皆さんは「日本の柱」というお言葉をお聞きになると、おそらく『開目抄』を思い浮かべられるのではないかと思うのです。実際「日本の柱」という言葉は、『開目抄』における日蓮聖人の三大誓願、「我れ日本の柱とならむ、我れ日本の眼目とならむ、我れ日本の大船とならむ」という、この三大誓願から取られた言葉なのです。そしてこの日蓮聖人のお言葉を、創価学会ならびに池田さんは天下取りのためのモチーフ、標語としているのです。
 実は、今を去る三十八年前の昭和三十七年に行われた参議院選挙で、創価学会は九名の候補を当選させ、非改選六名と合わせて十五議席を獲得。国会でさまざまな交渉を行う資格をもつ院内交渉団体になり、参議院公明会を公称。国会内に控え室を得ました。その公明会の控え室に同年七月三日、池田さんが足を運んだんです。
 この七月三日という日は、創価学会を実質的に創設した戸田城聖会長が、戦前、不敬罪で投獄されたときに出獄をした日です。また昭和三十二年に池田大作さんが、大阪の参院補選で選挙違反事件を起こし七月三日に大阪地検に呼び出され、そのまま七月四日未明に逮捕されたことから、創価学会では、七月三日を戸田さんの出獄と池田さんの入獄が重なった日、本当は七月四日逮捕であり七月三日ではないんですが、七月三日に呼ばれて、そのまま逮捕となったものですから、両会長が出獄と入獄をした数奇なる日、「師弟不二の日」という特別な日と位置づけているんですが、その師弟不二の日である七月三日に、池田さんが国会に足を初めて運んだんです。
 当時、池田さんは会長に就任して二年目、三十四歳の若さでした。彼は三十二歳で会長になったことを、日蓮聖人が三十二歳で立教開宗をされたことと比肩して、自分の神聖化、カリスマ化を計ったのですが、当時三十四歳の若き池田さんが国会に足を運びました。その時、国会の公明会の控え室には立派な白いソファの椅子が一つ置かれたのです。三十四歳の会長は、そのソファに深々と腰をおろしたのですが、この折り、池田さんは公明会の控室に一枚の絵を贈呈しています。それは今は破門された日蓮正宗の大石寺にある日興上人が植えられたという「子持杉」という名の、一本の杉の木の幹が途中で二本に分かれている、その木をモチーフにした「記念樹」という絵でした。池田さんはそれをもっていって、控え室に贈呈したのです。そして居並ぶ十五人の公明会の参議院議員を前に「この絵の意味がわかるか」と下問したのです。参議院議員はみんな年上ですが、池田さんは宗教上の師匠であり、「会長先生」と尊称される立場ですから、構わないわけです。しかし、突然、「この絵の意味がわかるか」と聞かれてもみんなわからない。したがってぽかんとしている。すると池田さんは、「この絵をただの絵だと思っちゃいけない。この木のように(二本に分かれていますから)『日本の柱となれ』ということなのだ」と言い、「政権を取れ」と厳命し、真ん中に「日本の柱 七月三日 池田大作」との揮毫を置いたのです。
 七月三日というのは、先ほど申し上げたように、「師弟不二の日」と位置づけられています。創価学会にあっては、宗教上の絶対的師匠である池田会長の構想を実現することが弟子の使命であるとされています。日蓮聖人が、お釈迦さまの法華経における未来記を果たしたように、池田会長の構想、野望といいかえてもいいかもしれませんが、それを弟子が実現することが、創価学会内部では弟子のもっとも重要な使命として叩き込まれるのです。
 ですからこれ以来、公明党の国会議員たち、あるいは地方議会員も含めて、創価学会・公明党の会員ならびに党員は、池田さんの「天下取り」戦略を実現するために、しゃにむに選挙闘争、政治闘争に突き進んでいったのです。その結果、右に行ったり、左に行ったりして、「コウモリ政党」と揶揄されるような融通無碍なマキャベリスティックな動きをくり返して政権に入ることを彼らは目指したのです。
 そうした創価学会の雰囲気を、高瀬廣居さんというジャーナリストが、池田さんを、直接、取材したときの模様を『人間革命を目指す池田大作とその思想と生き方』という本の中にまとめておられます。これは昭和四十年秋に出版されたものですが、そこには創価学会ならびに池田さんの本音、実態を示す興味深い記述が随所に見られますが、その一節にこういうものがあります。
   池田会長は、モダンな本部応接室のアーム・チェアにあぐらをかきなおすと、たばこを一服し、静かにそして激しい声でいった。『私は日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想・文化、一切の指導者、最高権力者である』。同席の大幹部数人は深くうなずき息をのんだ。三十七歳の創価学会会長は自らを全世界の指導者、日本の国主たる気概と現実的意志のもとに、数百万世帯の人々を背景に、舎衛の三億の目標に向かっているのである。
 ここに記されているような野望のもと、創価学会は天下取りを目指してきたわけです。ですから、平成五年、皆さんご承知のとおり、非自民連立政権が、細川護煕さんを首班にして成立し、公明党が入閣した際、池田さんは大喜びしたんです。
 同政権は平成五年八月九日に発足しますが、その前日の八月八日、創価学会は長野県の軽井沢にある長野研修道場で本部幹部会を開催しました。その席上池田さんは大喜びで、皆さんもマスコミの報道でご存じだと思いますが、「デェジン、デェジン」と発言したのです。そして郵政大臣、総務庁長官、労働大臣、と公明党の入閣ポストを示唆しました。
 実際に翌日、公明党から入閣したのは、石田幸四郎公明党委員長が総務庁長官、神崎武法現公明党代表が郵政大臣、そして坂口現政審会長が労働大臣と池田氏の発言通りでした。
 池田さんは東京大田区大森の生まれです。自分のことを「江戸っ子」だと称しています。「私は江戸っ子ですから庶民派なんです」とこういうのがお得意なんですが、品川は東海道五十三次の最初の宿場であり、すでに江戸御府内じゃないんですね。ですから大森生まれは「江戸っ子」じゃないと思うんですが、池田さんは「江戸っ子」だという。その「江戸っ子」は「ダ」と「デ」が言いにくい。だから「デェジンだ」というわけです。そうすると池田大作は「イケダダイサク」じゃなくて「イケダデェサク」ということになるのですが、池田さんはとにかく大臣のことを「デェジン」といって喜んでいます。
 そしてそのまさに創価学会・公明党から大臣が出ている平成六年一月二日の新年勤行会の席上、池田さんは「今こそ創価学会は日本の柱となった」と宣言。昭和三十七年に「日本の柱となれ、政権をとれ」と檄を飛ばしたことが、苦節三十数年を経て実現したと勝利宣言しました。
 しかし、その非自民連立政権は、まさに池田さんのデェジン発言に象徴されるような政教一致体質に対する国民一般の強い批判のもとに、脆くも崩れ去ったのです。その後、新進党という「隠れ蓑」を使って、再び政権の座を狙いました。しかし平成八年の総選挙で、「新進党イコール創価学会」とのキャンペーンの前に挫折した後は、新進党を解党。再び、公明党に先祖返りをした上で、今度は自民党との本格的な連立政権を目指して画策。平成十年の参議院選挙で自民党の惨敗による参議院の過半数割れ拡大と参議院のキャスティングボートの掌握を背景に、昨年の十月五日、積年の野望だった自民党との連立政権を成立させたのです。
 その過程では、池田さんを国会に証人として喚問するという苦境がありました。また宗教法人法の改正という問題もありました。しかしそういう雌伏のときを経て、一昨年十月の参議院選挙で、自民党橋本政権が大敗北し、過半数割れが拡大。そのとき公明党は七七四万八千票という票をとって、参議院のキャスティングボードを確固たるものとしました。その結果、参議院で法案を通すために、どうしても公明党の賛成を得なければならない。この参議院でのキャスティングボードを大きな武器にして、彼らは再び政権参画を視野に入れたのです。
 そうした流れの中の昨年三月、池田さんは平成六年一月同様、再び「日本の柱宣言」を行いました。創価学会の全国の県の最高幹部を集めた県長会議の席上、「創価学会こそ日本の柱である、日本の背骨である」と発言したのです。去年の三月十二日のことです。
 この発言を契機として、公明党の連立参加に向かってのタイムスケジュールが具体的になっていきました。七月二十四日、公明党は臨時党大会を開いて、政権参画を決めるのですが、その党大会を前に『公明新聞』は、党大会の意義についての神崎武法代表のインタビューを掲載しましたが、その中で神崎代表は「来るべき党大会は、公明党が日本の柱となるべき党大会である」と発言しています。また、連立への参画を決定した後挨拶した浜四津敏子代表代行は、今回の連立参画への決定は「私どもが『日本の柱』となるための決断」であると述べています。
 一般紙の記者は、これらの発言を聞いても何のことだかさっぱりわからないのですが、学会員が聞けばすぐにピーンときます。なるほど今回、これまで反自民として闘ってきた、あるいは新進党のときには、まさに血みどろの闘いしてきた自民党と一転して手を組んで政権に入ることの意味は、池田先生が言われていた「天下取り」、すなわち「日本の柱」となるための選択なのだと。
 ですから、当時、『朝日新聞』や『讀賣新聞』をはじめとする各新聞は、学会員の中で婦人部や青年部は、人権とか平和とかに対して非常に関心が高いので、自民党と手を組むことに対しては反発があるというようなことを書いています。ところが実際に自・自・公連立政権が成立してみると、皆さんはすでに各種の世論調査の結果でご存知だと思いますが、自民党や自由党の中には公明党と手を組むことに、あるいは公明党と手を組み続けることに対して強い反発がある。自・自・公連立反対だとか、あるいは公明党と手を切りたいという声が四十パーセント以上あるわけですが、公明党の支持者の中に、そういう声はほとんどない。八十パーセントもの人が、自・自・公連立政権に賛成し、支持している。それは何故かといえば、創価学会員は、この自・自・公連立政権というものを、政策とか政治信条に基づいて成立した政権ではなく、池田さんの「天下取り」という野望、創価学会が聖俗両界の覇権を握るという彼らなりの「広宣流布」という宗教的な目的から発露した動きだからこそ、学会員はあっさりと受け入ているのです。
 そしてその「日本の柱」という連立体制を守るための天王山、そして冬の陣だったのが、今回の大阪府知事選挙であり、京都市長選挙だったのです。ですから彼らは二つの選挙に全力を投入したのです。
 では、こうした「日本の柱」体制という政治状況を、創価学会自身はどのように認識しているのか。それを示す資料があります。平成四年の参議院選挙を半年後に控えた平成三年十二月に行われた創価学会の全国県長会議での秋谷栄之助会長の発言です。秋谷さんはこう話しています。
  日本の中で公明党の占める位置は重要になってきた。今はキャスティングボードを握る立場になっている。自民党が三百何人おろうと、公明党の参議院ですべての重要法案が決まる。そのバックに創価学会がある。日本の命運を決するのは、創価学会・公明党。創価学会・公明党に握られているのが今の日本である。
 衆議院でたとえ自民党が三百議席をもっていようとも、参議院で過半数割れをしている状況では、人事であれ予算であれ、法案であれ、予算は衆議院に優先権がありますが、いかなる法案も参議院では公明党の協力がなければ成立しない。したがって公明党が国政の帰趨を握っているのであり、それはすなわち創価学会が日本の命運を握っていることを意味するのだと、秋谷さんは言っているのです。
 秋谷さんは、創価学会が日本の命運を握っているということは、イコール池田さんが日本を動かしていることを意味すると次のようにものべています。
  一国を挙げて、すべて(池田)先生という時代になってきている。ちょうど(日蓮)大聖人の時代に、(日蓮)大聖人お一人に憎しみが集中した。宗教も政治も。それと同じである。すべてそれで日本の動向が決まる時代になってきている。こうして起こる問題に逃げてもだめである。大事なのは、同志の団結と守り合いで突破していくことである。これが広宣流布の命題である。それがそのまま参議員の比例区のバロメーターになる。それが七五十万票と決めて、挑戦をする。
 七百数十年前に日本の社会において、日蓮聖人が非常に大きな影響力を発揮されていたことを引き合いに出して、現在のこの日本では、創価学会イコール池田大作先生がその命運を握っていると豪語しているのです。そうした体制、すなわち「日本の柱」体制ですが、これを守るために七五十万票を取ろうと言うのが秋谷発言の骨子です。これを政教一致と言わずして何と言うべきなのでしょうか。
 ご承知のように、昨年の十月に公明党は政権に入りましたが、その前年の参議院選挙で現有議席を維持し、キャスティングボードを確固としたものにしたときから、地域振興券とか児童手当の拡充などの、さまざまなバラマキ政策を彼らは口にしています。これはあとで申し上げますが、こうしたバラマキ政策や政治権力を背景にした行政サービスが、創価学会の勢力拡大のための重要な武器になっているわけです。
 その際、中央政界の構造とともに、決して見過ごしてはならないのが地方政界における創価学会・公明党の浸透ぶりです。
 今日はお手元にいくつかの資料をお配りしました。その中に「民音の輝く文化貢献」と書かれた資料があると思います。ちょっとそれをご覧になって下さい。
 「民音 東京富士美術館創立者、池田名誉会長に県・市から一五の感謝状」とあります。これを見ると、去年の一月二十七日の松山市に始まって、一番下の、大和高田市、十一月二十五日にかけて、ズラーッと感謝状が出されております。その表をよく見ると、十月六日、自・自・公連立政権は十月五日に発足するわけですが、その翌日の六日からズラッとふえているのが分かります。次のページを見ていただくと、渋谷区、山梨県とあります。その次は埼玉県草加市、沼津市。その次のページは、今度は真ん中に「SGI会長に感謝状 奈良市、青森県」とあります。これをよく見ると、青森県は「民音創立者として」と書いてありますが、奈良市は何と「池田SGI会長に」とあります。東京の府中市もこのあと感謝状を出していますが、これも「SGI会長に」とあります。
 「SGI」とは「創価学会インタナショナル」と申しまして、任意団体ではありますが、宗教法人創価学会の上部団体です。日本の創価学会、アメリカ創価学会、ブラジル創価学会、フランス創価学会など世界各国の創価学会組織を統括する上部団体が「創価学会インタナショナル」、すなわち「SGI」です。要するに、宗教団体の長であるSGI会長という地位に、地方公共団体が感謝状を出しているということです。
 もう一つの資料をご覧ください。そこに「特別ナポレオン展」とあります。これは昨年の四月から八月にかけて、東京富士美術館という創価学会の外郭団体、実質的には創価学会の美術部門を担当する下部セクションが開いた展覧会です。この東京美術館というのは、以前「ルノワール疑惑」という金権スキャンダルを起こした美術館。三菱商事からルノワールの絵画二点を買って、十五億円の使途不明金、行方不明金が出るという金権スキャンダルの舞台となった美術館です。
 その東京富士美術館が主催し、毎日新聞社が共催、外務省、文化庁、フランス大使館が後援したこの展覧会のオープニング・セレモニーは昨年の四月二十八日にありました。秋谷栄之助会長が挨拶をし、池田大作さんの長男である池田博正さん、この人は創価学会の副会長で、東京富士美術館の総主事というトップの地位にある人ですが、池田博正さんがテープカットをしています。その模様は翌日の『聖教新聞』で大々的に報道されています。そして四月二十九日には池田大作さんが「特別ナポレオン展」を観賞に行きますが、そのこともまた『聖教新聞』は大々的に報じています。
 主催は、一応東京富士美術館という財団法人になっています。しかし、東京富士美術館は、学会本部の「外郭」と位置づけられ、池田博正総主事以下、末端職員にいたるまですべてが創価学会の幹部会員で占められた、まさに創価学会の美術担当セクションに他なりません。その意味では創価学会が主催した展覧会といっても過言ではない。
 「特別ナポレオン展」は、この後福岡と大阪と名古屋で行われ、今年一月からは、埼玉県の大宮で行われました。大宮で行われたこの「特別ナポレオン展」の主催者を調べてみました。すると何と主催者は埼玉県と『埼玉新聞』とテレビ埼玉でした。後援が埼玉県教育委員会と大宮市、与野市など。要するに、本来は創価学会主催の展覧会を、埼玉では埼玉県が主催しているのです。東京美術館は「企画」担当としてパンフレットの最後の方に小さく出ているだけです。
 憲法二十条は、信教の自由を保障するとともに、信教の自由を担保するために、「いかなる宗教団体も国から特権を受けてはならない」と書いてあります。また八十九条には、信教の自由を制度的に保障するために政教分離原則を定めています。判例によれば、国とともに地方公共団体、すなわち県や市町村もまた宗教団体に対して特別な便宜をはかってはならないと定められています。
 ところが、文化貢献だとか、何とかという名目をつけて、先ほどご紹介したように、例えば池田さんに民音の創立者だということでが、感謝状を贈っている。民音というのは、財団法人民主音楽協会といいまして、創価学会のやはり文化部門を担当している一セクションです。沢たまきとか山本リンダとか雪村いづみとなど学会員の歌手にコンサートをやらせるようなこともありますが、海外のオペラやバレエを呼んだりと、いろいろな文化事業を行っています。映画や演劇のチケットを通常価格よりも廉価で販売するなどということもしています。そういうことを梃子にして、いわゆる折伏のための話のとっかかりにしたり、公明党の票をとるための作戦にしているわけです。
 本当は創価学会という特定の宗教団体とその政治部門ともいうべき公明党の勢力拡大の戦略、戦術なのですから、そこに感謝状を出すことなどおかしいのですが、仮に民音なり、東京富士美術館にコンサートや展覧会を文化貢献だとして謝意を表すなら、財団法人民主音楽協会に感謝状を出すべきです。あるいは財団法人東京富士美術館に感謝状を出すべきです。または法的には財団法人の理事長が代表者ですから、財団法人東京富士美術館の理事長何のだれだれに感謝状を出すべきです。どうして池田大作さんに感謝状を出す必要があるのでしょうか。
 今日、私は新幹線で名古屋に来ました。新幹線の中に電光ニュースがあります。それを見ていましたら「政府、勲章制度の抜本的見直しを検討」と流れました。いま、政府は勲章制度の見直しをしようとしているのですが、実は公明党も党内に勲章見直しプロジェクトをつくっています。では、公明党はいったい勲章制度をどのように見直すのかと思い注目していたら、「公明新聞」にはこう書いてありました。これまで官尊民卑といわれるように、国会議員とか、官僚、役人たちに厚くしていた勲章制度を、これからは民間人に厚くすべきだと。そしてその対象は文化貢献、教育貢献などをしている人に厚くすべきだというんです。ま、もっともな主張ではあるんですが、よく考えてみると、いまの日本で、地方公共団体から文化貢献、教育貢献、平和貢献で続々と感謝状をもらっている人は池田さんしかいないんですね。ま、その意味では、勲章制度が改正になって、文化貢献、教育貢献、平和貢献にあげましょうとなったときに、第一番目に勲章をもらえるのは池田さんということになるのではないでしょうか。
 皆さんご承知のように、公明党の竹入委員長が一昨年夏、『朝日新聞』で「政界回顧録」を書きました。そこで、竹入さんは公明党というのは、創価学会に支配されていたということをはっきり書いています。そして「回顧録」の最後で、秋に予定されていた新公明党の誕生を視野に入れながら次のような問題提起をしています。
  政治が何かの利益団体のために、利益を擁護したり代弁したりする時代は終わりつつある。一つの団体や勢力が政党を支配したり、政党が奉仕したりする関係は、国民が目覚めてきて、あらゆる面で清算される時代になっている。
 ここで竹入さんは「一つの団体や勢力、政党」と名指しは避けていますが、これが公明党と創価学会を意味していることは明らかです。竹入さんは、自分が二十数年間、公明党委員長として、創価学会、なかんずく池田大作さんを護りに護ってきた。言論出版妨害しかり、その後の例えば宮本盗聴事件しかり、月刊ペンスキャンダルしかりです。いろんな池田スキャンダル、創価学会をめぐる違法行為、不法行為があったわけですが、竹入さんは身を挺して守ってきたのです。そのために竹入さんは暴漢に刺されるという目にさえあっている。
 そういう自らの経験を踏まえて、もうそういうことはやめた方がいい。創価学会は公明党を、自らの番犬、防波堤にするようなことはやめた方がいい、また、公明党も創価学会の支配から脱して真の国民政党に脱皮した方がいいと、竹入さんは自分の政治生活を振り返って総括しているのです。
 ところが、これが池田さんの逆鱗に触れたんですね。あとで紹介しますが創価学会はいま、竹入さんに対して人権侵害を含む激烈な罵詈雑言を浴びせています。
 その竹入さんが七十歳になったとき、代議士を二十数年やって、党の委員長もやられたわけですから、勲一等が授与されました。創価学会の機関紙である『聖教新聞』にも社会面があり、そこには通信社配信の記事が載っています。当然、叙勲関係の記事もあり、勲一等受章者の名簿が掲載になったのですが、なんと竹入さんが勲一等を受けたとき、竹入さんの名前だけが載っていなかったのです。創価学会の関係者に聞きましたら、「池田先生が、竹入の野郎、ふざけやがって。俺をさしおいて勲章を貰うとは何事だ。名前など載せるな」と激怒したので載せなかったというんです。
 皆さんご承知のとおり、池田さんは世界中に行って、名誉称号を七十も八十も貰っています。あるいは、勲章も三十個貰ったとか四十個貰ったとかいって『聖教新聞』で大々的に宣伝しています。世界中から勲章を貰っている。もちろんその背後には、いろんな利益供与があるのです。
 例えば、以前ブラジルで、池田さんの入国とフィゲイレド大統領との会談をエージェントをしたセルジオ・モリナガというサンパウロ州の下院議員を、私は取材したことがあります。当時の池田さんは、創共協定という共産党との協定を結んだこと、また、ソビエト、中国にしょっちゅう行っているということもあって、軍事政権ブラジルは、池田さんを容共主義者であるということで入国を禁じていました。ポルトガル語で「ぺルソナ・ノン・グラタ」。英語で言えば「パーソン・ノー・グッド」です。歓迎されざる人物ということですね。それを解除して、大統領との会談を何とか設定をしてほしいと、池田さんならびに学会の首脳はセルジオ・モリナガ氏に工作を依頼したのです。
 セルジオさんは、池田さんや竹入さんと会談している写真や手紙などをたくさんもっていました。中には、大阪の料亭でご機嫌の池田さんとのツーショット写真などというのもありました。そしてブラジルで政界工作に奔走する。自分はそのために三億円使ったと言っていました。
 この一事に象徴されるように、いろんな工作をやっているんでしょう。池田さんは海外諸国から数多くの勲章を貰っているわけです。ところが、日本では貰えない。それが悔しいんです。ですから竹入さんが貰った際、新聞に名前を載せるなということになった。今、公明党が勲章制度の見直しを主張しているのは、そうした池田さんの気持ちを忖度しているからです。自・公体制が続けばきっと貰えることになるでしょう。
 こうした事実に象徴されるように、我々の生活と直結する地方公共団体、地方議会がいまや創価学会・公明党に侵食、壟断されつつあるのが現実です。大阪府知事選、京都市長選挙で、創価学会の票がなければ太田房江さんも枡本さんも当選できなかった。創価学会、公明党の票がなければ当選ができないという政治状況のもとに、市長、知事らは創価学会の軍門に下っている。そして地方議会でも公明党が、参議院と同じようにキャスティングボートを握っている。五十五年体制以来の左右の対立から派生した多党派乱立の中で、公明党の議席が最終的に予算、人事、条例を決めるという、キャスティングボードを持つようになってしまっているんです。その結果、地方公共団体が池田さんに感謝状を贈るという事態になっているのです。
 資料にある「FranceSoir」、フランスの非常に歴史のある夕刊紙です。ここには何と書いてあるかというと、「フランス大使館、日本でセクトを応援」とあります。セクトとは英語でいうところのカルト、フランス語ではセクトといいます。次のページを見ていただきますと、真ん中にさっき申し上げた「常勝関西」と書いてある大阪の幹部会の模様を報じる『聖教新聞』の写真があり、その下に創価大学と池田さんの写真があります。
 この記事に何が書かれているのかといえば、フランスでは一九八五年と一九九六、そして一九九九年の三回にわたって、創価学会は有害セクトであるという国会報告が出ております。
 フランスでは、有害なセクト、いわゆるカルトに対する対策を非常に熱心にやっていまして、セクトについて以下のような十四の要件を設定しています。
 ○精神操作および精神の不安定化
 ○肉体の健全さを損なう
 ○周囲との断絶
 ○信者の自由の制限
 ○非民主的組織
 ○公共秩序の紊乱
 ○反社会的な言説
 ○官界、政界への浸透 ETC
 これらに該当するものは有害セクトだと認定しているのです。
 もちろんフランスでは信教の自由は十分に保障されています。だからこそ単に反教会的だとか反キリスト的だということで、カルトだと異端視するのではなく、厳格な要件を決め、これに反するものはカルトだと認定するようにしているのです。その結果、創価学会は有害セクトに該当すると認定されています。
 フランスでは政府にセクト対策省間対策本部というセクションが設けられています。これは首相直属の、日本でも阪神大震災のときに、阪神大震災特別担当という特別大臣がありましたけれども、まさにそういう特別職のカルト対策のための専門大臣です。こうした機関、大臣まで設けてフランスでは、青少年がカルトに侵されないようにということで、政府も民間団体も懸命に対策を講じているのです。
 ところが、そのセクトと認定されている創価学会の展覧会を、こともあろうに日本のフランス大使館が後援し、便宜を計っている。展覧会の図録には池田さんと並んでフランス大使のメッセージまで載っているのです。フランスの政府もこれには驚いたんですね。そこでカルト対策の担当大臣であるアラン・ヴィヴィアン長官が駐日フランス大使をはじめ、フランスの在外機関にカルトに利用されないようにと厳重な警告を発しました。 
 フランス政府が驚いて警告まで発した展覧会。その展覧会が、いま埼玉県で開かれています。その主催者は誰かというと、先ほど申しあげたように埼玉県なんです。そして青少年にカルトの影響が及ばないようにと一生懸命に対策を講じているフランスのセクト対策省間対策本部が警告を出している展覧会を、なんと埼玉県の教育委員会が後援しているんです。明後日まで大宮のソニックシティというところでやっておりますが、それ以後は神戸や静岡でやるんだそうです。いずれも次期衆議院総選挙で公明党の候補が小選挙区に立つ地域です。
 この一時にも示されるように、創価学会ではこの「特別ナポレオン展」を「友好拡大の武器」と位置づけています。
 私の手元に、関西のある創価学会県組織が出した「下半期の活動について」と題する内部指示文書がありますが、そこにはこうあります。まず第一番目は『聖教新聞』の拡大啓蒙、二番目は伏折弘教、三番目は脱講運動。これは創価学会を脱会して日蓮正宗の信者になった人を連れ戻せということです。法華講を脱講させるというので脱講運動。四番目は地区総会。創価学会の組織は約五世帯のブロック、その上が約四十から五十世帯の地区となっていますが、その地区の総会を開けという指示です。その次、五番目に「ナポレオン展」とあります。何て書いてあるかといいますと、九月二十五日(土)から十一月七日まで大阪のATCミュージアムで行われるが、これを「友好拡大の武器として活用する」とあるんです。              
 要するに、今年の衆議院選挙を視野に入れて、外部の人、学会員以外の人、そういう人々を創価学会内部ではフレンド、通称Fというんですが、そのF票獲得のために、友人・知人を「ナポレオン展」に連れていって、「学会ってこんなにすごいんですよ、文化をやっているんですよ、平和をやっているんですよ」と見せて、票をとれと。あるいはそこで学会をよく認識させて、その後の入会につなげろというんです。「友好拡大の武器として活用しろ」との指示はそういうことです。
 その展覧会をいま埼玉県が主催し、埼玉県の教育委員会が後援をしている。特定の宗教団体が、自らの勢力拡大のための武器だと位置づけている展覧会を、地方公共団体が主催し、教育委員会が後押しをする。こんなことが許されていいのかと思うのですが、平然と行われているのがいまの日本の現実です。私は名古屋開催の「ナポレオン展」のことは調べていませんが、おそらく名古屋市なり愛知県が後援団体として入っていたはずです。
 こうした地方公共団体、地方自治体をめぐる問題は他にもあります。例えば東京都では、以前から、公明党が都議会のキャスティングボートを握っていることから、都営住宅への優先入居であるとか、公務員、教員への優先採用、低利融資の優先的な配分などが行われています。
 私は、東京・練馬区の区議会議員を十期務め、議長までやった椎名さんという公明党の元区議の方に何度も取材をしていますが、区長選挙などの首長選挙の時には、応援の見返りとしてこれとこれは頼むよというような条件があるというんです。そのうちの一つが教員採用とか、あるいは区役所職員の優先採用だということでした。
 こうした形で、本来は一般の国民、都民、区民、市民に公平に配分されるべき利益が公明党の政治力を背景に、創価学会に優先して配分をされるという、極めて公平性にもとる、まさに憲法に抵触をするような重大な問題が行われているんです。そして彼らは、そういう行政から派生をした利権・利得を折伏弘教、あるいは票の拡大に使用しているわけです。
 ご承知のように創価学会は、日蓮正宗に間借りをしていましたけれども、その実態は新興宗団です。日蓮聖人に直結した会長(池田氏)に血脈が流れている在家中心主義の新興宗教として、実は成長を続けてきたわけです。ですから戦前の創価教育学会の時代から、日蓮正宗との間ではさまざまな軋轢があり、最終的には平成三年の破門にいたったわけです。
 その過程で、創価学会は急成長したわけですが、成功した理由の一つに、現世利益中心の布教ノウハウが民心を捉えたという点があります。新興宗教の入信動機は、一般に貧・病・争といわれています。貧困、それから病気、そして家庭不和などです。そこに彼らは現世利益をダイレクトに掲げて切り込んでいったのです。戦前の創価教育学会時代は罰論が中心でした。牧口さんは罰論を中心に折伏しました。この信心しなかったら罰が当たるぞと言って脅して勧誘したわけです。ところが、戦後の戸田さんはそれを逆転して、功徳論を説きました。大石寺の戒壇の本尊を幸福製造器などと主張し、これを信ずれば願いが適う、病気が治る、家庭不和も解消する。そうした手法で多くの一般大衆の心を掴んでいったのです。戦後の貧しい日本社会の中で、救いを求めていた大衆の心を掴んでいった。また、敗戦というエポックの中で精神的に空虚になっていた多くの日本人に「王仏冥合」「国立戒壇」という世直しの旗を掲げて、政治闘争に参加させることで充足感を与えていったのです。そうした宗教活動、信心に対する功徳、いわゆる現世利益の補償が、まさにこういう行政権力ならびに巨大な組織から派生するところの利益なのです。
 そして彼らが最終的に政権に参画したのは、これまで申し上げたような県レベル、市町村レベルの地方自治体から得ている利益に加えて、さらに強力で大きな権力と利益を背景に、自分たちの勢力の維持、そして拡大をはかろうと考えたからです。
 昨年の七月三日、先ほど来申し上げている「師弟不二」の日に開かれた、創価学会の本部幹部会の席上池田さんは、「出世の本懐」発言をしました。七月二十四日の公明党の臨時党大会で、すでに政権に入ることが決まっていたわけですが、その政権参画を前提にして池田さんは次のよう発言しています。
 「釈尊が幾多の大難を厳然と乗り越え、勝ち超えて、『出世の本懐』である法華経説き始めたのは何歳のときだったか。七十二歳であった。それから八年間の説法であり、大闘争である。それを考えても、まだまだ私たちは若い。これからが正法流布の『大興隆の時』である。黄金の『晴れ舞台の時』である」
 これは『聖教新聞』掲載の発言です。私は実際のスピーチのテープを聞きました。それにはもっと露骨に、お釈迦さまは法華経を説いたのは七十二歳だ。私は今七十一歳だ。来年七十二歳になる。いよいよこれからが出世の本懐を遂げる旨、発言しています。その池田さんは今年の一月二日に七十二歳になりました。公明党は政権に参画しています。そして地方政界のキャスティングボードも握っている。そうした政治権力を背景に、池田さんはいよいよ「出世の本懐」を遂げるというのです。
 池田さんが自らをお釈迦さまになぞらえて発言した「出世の本懐」とは、どういう意味か。皆さま方はご専門でいらっしゃいますから、私が説明申し上げるまでもありませんが、念のため申しあげれば、仏さまが現世に出現する本当の目的を意味します。自分を釈尊、日蓮聖人になぞらえるというのは、先ほどの「日本の柱」発言もそうですが、まさに尊大の極み、あるいは増上慢の限りだと言っても過言ではないと思いますが、お釈迦さまが法華経を説かれたことのひそみに倣って、自分も七十二歳から「出世の本懐」を遂げると言うんです。しかもこれからがいよいよ「正法大興隆の時だ」と発言しています。まさに政治権力を背景にして布教するぞ、あるいは敵対勢力を潰すぞと言っているに他なりません。
 お配りした資料に、トルストイの写真があって、「力で=cd=b931青春の~」との見出しがある『聖教新聞』があります。そここに何と書いてあるかといいますと、「悪を滅ぼせ 正義の『戦闘』こそ『信心』」とあります。これは去年の十月十一日付の『聖教新聞』で、連立政権に公明党が入って二日後の十月七日開催の本部幹部会での池田発言です。何を言っているのか。次のページの右下。池田さんと周恩来首相の写真の上にこう書いてあります。
  プラトンは述べている。「徹底的にどうしようもなく、道を踏みはずした悪人に対しては、怒りをあらわにすべきである」。どうしようもない悪人には「怒り」をぶつけよ!学会の精神もこれである。プラトンも同じである。
   日蓮大聖人は「瞋恚は善悪に通ずる者なり」と仰せである。悪に怒りを燃やすのは「善」なのである。「燃え上がる怒り」がなくなったら、もはや「正義」の心はない。心は死んでいる。死んだ心に、功徳もない。喜びもない。幸福もない。怒りの炎を燃やして「戦闘」する!「叱咤」する!「攻撃」する!「追撃」する! これこそが仏法であり、正しき人間の道である。創価の学会は、悪と徹底して゛ケンカ=cd=ba39した「戦闘精神」がみなぎっていた。しかし「最近は青年部がおとなしくなった。婦人部の上のほうの幹部の中でも、貴婦人みたいに気取っている人がいる。むしろ年配の多宝会の人たちほど元気だ。「青年のようだ」こういう人もいる。二十一世紀へ、もう一回、本当の「学会精神」を燃え立たせましょう!
 これを私は「リベンジ宣言」と言っているのですが、正法流布の大興隆の時が来た。その正法興隆のためには自分たちの阻害要因になるべき批判勢力、敵対勢力を徹底的に叩き潰さねばならない。喧嘩しよう、追撃しよう、そう学会員を煽っているのです。
 私は、自分と意見が合わないからといって、これを追撃して戦闘して撲滅するようなことが、仏道であったり、人の道、正義だとは思いませんが、池田さんはそのように主張しています。恐ろしいことだといわざるをえません。
 実際に彼らは政権に入ったとたんに、非常に強気になっています。ですから、私が『文藝春秋』や『諸君』、『現代』あるいは『週刊新潮』や『週刊現代』『週刊実話』、『日刊ゲンダイ』などに創価学会・公明党問題の記事を書いたり、コメントを出すと必ず抗議がきます。いま、名誉棄損で創価学会・公明党から二つ訴訟を起こされています。一つは『週刊新潮』の学会問題に関する記事中の二十数行のコメントが名誉棄損にあたるとして一億円の損害賠償請求をされています。もう一つは『諸君』に書いた神崎公明党代表についての記事が名誉棄損にあたるとして東京地検特捜部に告訴状が出されています。
 私もこうした訴訟に対抗するためには弁護士を雇い、戦わざるをえません。私は信教の自由と、言論の自由を護るために徹底的に戦うつもりでおりますけれども、何ぶんフリーのジャーナリストで、一人で仕事をしているものですから、後ろ盾がありません。何とか頑張って信教の自由、言論の自由を守るために戦いたいと思っておりますので、ぜひご支援をお願いできればと思います。
 こうした池田さんの激烈な指示のもと、今、創価学会は、徹底的に敵対勢力を、批判勢力を攻撃しています。その右代表の一つが、撲滅の対象となっている「日顕宗」です。「日蓮正宗」のことを彼らは「日顕宗」という。今の法主・管長が阿部日顕さん。その名を冠して「日顕宗」と呼ぶのです。ここに『第三文明』という実質、創価学会直営の出版社が出している雑誌がありますが、そこに「反仏法、反人間の邪教、滅びゆく日顕宗」との記事があります。今日お配りした中に、「なぜ日顕宗と戦うのか」というレジュメがあると思います。見出しに「学会指導より」「なぜ日顕宗と戦うのか」などとありますが、そこに「日顕十の大罪」というのがあります。彼らは日顕宗を撲滅しようとしているわけですが、その理由として日顕宗には十の大罪があるというのです。これは去年の七月の幹部会で秋谷会長が発表したものですが、そこに「大聖人否定・仏法破壊の大罪」という項目がある。その六番目を見て下さい。「謗法容認・身延迎合の大罪」とありますが、そこにはこう書かれている。
  日顕は宗開両祖の根本精神である謗法厳誡を教導すべき立場にありながら、禅寺に自らの先祖の墓を建て、大石寺周辺の檀信徒の謗法逸脱を放置。あろうことか身延に迎合、先師の事跡をことごとく否定して破壊、自ら大石寺を京都の既成仏教伽藍に造り替えた大謗法の法主である。
 また、「身延日蓮宗との野合」との項では、
  日顕は大聖人、日興上人に師敵対した身延日蓮宗に急接近。身延派坊主が次々に大石寺を訪れており、平成七年六月には池上本門寺の貫首一行が大石寺を訪問。日顕宗側も末寺坊主、法華講の柳沢委員長らが身延派の寺を参詣する蜜月ぶり。
 とあります。彼らは自分達の信教の自由は声高に主張します。創価学会にさまざまな違法行為や不法行為があるから、池田さんに国会で話を聞こうじゃないかとなると、「国家権力による宗教弾圧だ、信教の自由の侵害だ」と大騒ぎです。ところが、日顕宗は撲滅するというのです。日蓮正宗の信仰は認めず潰すというのです。撲滅というのですから地球上から抹殺するということでしょう。その撲滅の理由の一つが、今お見せしたとおり「身延迎合の大罪」です。
 ですから、創価学会にとって当面の最大の敵は、日蓮正宗ですが、決して日蓮宗のことを友好団体だとは思っているわけではない。むしろ日蓮宗は仲良くしただけで撲滅する理由の一つにあげられるほどの対象だということです。
 こうした極めて独善的で排他的な創価学会が、日顕宗撲滅のために何をやったかというと、創価学会は日蓮正宗のイメージを地に落としめるためにいろんな策略をしたわけですが、その謀略の一つがピンクスキャンダルの捏造、芸者スキャンダル写真の捏造ということです。
 問題となった写真は、日顕さんが、日蓮正宗の老僧の古稀記念の宴会に出席をした時の写真です。十一人の僧侶と八人の奥さんが同伴で出席しており、その姿が写っている。ところが創価学会は、その時写された写真にトリックを加え、あたかも日顕さんが一人で芸者遊びをしているかのように捏造し、機関誌の『創価新報』に「日顕が欲すは『カネ・酒・色の堕落道』」と誹謗中傷したのです。ところが本当の写真は、お手元に配った資料の「真正写真」と書いてあるところに出ているように、日顕さんと芸者さんがいますが、その脇にお坊さんがいるわけです。ところが『創価新報』の写真では、お坊さんを消しちゃっている。日顕さん一人が、いかにも芸者遊びしているように写真を捏造したのです。
 同じく次の写真を見て下さい。周りに他のお坊さんたちがいて、芸者さんと写真を撮っているのが本当の写真です。それを周りを切って、日顕さん一人が芸者さんに囲まれているようにして、「えっ、これじゃ日顕堕落宗、猊座がなくても『芸座』があるサ」とこう書いています。このようにトリック、写真を捏造して、「日顕っていうのはとんでもない坊主だ」と攻撃しているんです。
 当然、日蓮正宗では名誉毀損だということで告訴しました。この判決が昨年末に出たのです。お手元に判決文があると思いますが、これを読んでいただくとおわかりだと思いますが、東京地方裁判所も、これはあまりにもひどいということで、創価学会と、創価学会ばかりじゃなくて、こういうことをやらせた池田さんにも不法行為の責任があるとして、四百万円の損害賠償を認めたのです。創価学会ならびに北條浩四代会長に対しては、例えば共産党の宮本委員長宅に盗聴機を仕掛けたいわゆる盗聴事件の民事訴訟で、創価学会ならびに北條会長に対し、違法行為に基づく損害賠償の支払いを認めた判決が出ていますが、池田さんに対して不法行為責任が認められたのは、今回が初めてです。
 ところが、裁判所が不法行為の責任があるとして、損害賠償を認めた人に対して、いま全国各地の地方自治体が感謝状を出し手いるんです。日本は実に異常な状態になっているということが、このことからもお分かりいただけると思います。
 創価学会では全国の支部、地区、ブロックに日顕撲滅対策委員会なるものをを作らせています。支部というのは約二百世帯、地区というのは先ほどご紹介したように約五十世帯、ブロックとは約五世帯単位の末端組織です。そこに「日顕撲滅対策委員会」なるものを作らせ、全幹部、活動家一丸となっての徹底的な日蓮正宗攻撃をやらせています。例えば、平成五年に出された指示文書には次のようにあります。
  日顕宗は、今、御本尊授与(破門を受けて創価学会が、自前の本尊を作成し、会員に販売していること)によって決定的な打撃を受けており、断末魔のあがきをさまざまにしようとしている。(中略)日顕撲滅の最大のチャンスが来た。日顕撲滅なくして「創価ルネサンス勝利の年(平成五年)」の決着はなく、「栄光の年(平成六年)」の幕開けはない。11・18(創価学会創立記念日)をこの戦いに勝利して迎えよう。
 では、具体的にはどのような活動を行なうのかというと、大阪府東住吉区の創価学会組織東住吉東本部が、区内の日蓮正宗寺院法住寺を攻撃するために作成した、「『勇気のエンジン』大作戦大綱」と題する行動マニュアルがあります。ちなみに、この「『勇気のエンジン』大作戦」という名称と、サブタイトルの「御供養泥棒、漆畑行雄、その袈裟をはぎ返せ」とのテーマは、関西代表者会議での池田さんのスピーチに基づいてつけられたものです。
  『勇気のエンジン』大作戦大綱
   テーマ 御供養泥棒 漆畑行雄、その袈裟をはぎ返せ!
 目的 ①極悪日顕の手先、法住寺の漆畑行雄の悪業を白日の元に晒し糾弾する。
    ②会員を悪の手先から守り抜き、断じて『寺に行かない・行かせない』
 ・活動について
  2/4『追放大会』参加者が『【元初の同志】グループ』として、誓いを立て、今までのビクトリー活動を発展させ、以下の活動を展開する。
  ①D作戦チーム(CUTされたら取り返す。脱会者・法華講にアタックする脱講チーム)
  ②特別個人指導班
   ・A班(葬儀・法要・墓・納骨の問題等に回答できるスペシャリスト。別名、メモリアルチーム)
   ・B班(宗門問題解説班、寺信心の色のついた人の脱色作業を行なう。※廃案になった名称、ハイターチーム)
   ・C班(主に怨嫉問題等で活動しなくなった人へ手をさしのべられるチーム。別名、人間復興・ルネサンスチーム)
  ③FOCUSチーム(漆畑行雄、女房、所化の悪業を暴くネタ取材班)
  ④賢者の利剣チーム(ミニコミ誌・仮称『利剣』を新たに編集発行する)
  ⑤特攻野郎Sチーム(男子部の特殊潜行活動班。別名、鉄砲玉)
  ⑥ワイフ・キャッチャーチーム(女房を徹底糾弾する、婦人部の追っかけチーム)
  ⑦四条金吾チーム(壮年部の特別抗議行動チーム。別名893部隊)
  ⑧十羅刹女チーム(婦人部の電話抗議行動チーム。別名、極道の妻たち)
  ⑨ネットワークチーム(寺周辺地域包囲対策作戦、略称、ネット)
  ⑩パトリオットミサイルチーム(今だに来る寺からの郵便物の回収作業班)
  =cd=e152ナポレオングループ(前進を合言葉に、不可能を可能にする唱題会の参加者。※廃案になった名称、わら人形グループ)
  =cd=e152広布の使者チーム(聖教新聞、創価新報を内部未講読世帯に推進する)
 以上、本部・支部・地区のビクトリー責任者が核となって行動します」
「893(ヤクザ=注筆者)部隊」に「鉄砲玉」「極道の妻」と、およそ宗教団体とは思えないネーミングをつけた特殊グループが編成され、寺院、僧侶やその家族に徹底した攻撃を加えているんです。
 また、ここに日顕撲滅唱題表という唱題表があります。これは日顕さんの顔をモチーフにして作られています。顔を枡目にしてあるのです。そこにこう書かれています。
  一枡二十分です。塗り潰す色は黒がいいでしょう。百万遍あげれば日顕は真っ黒になり消えてなくなります。憎しみをこめて塗り潰しましょう。
 日顕宗を撲滅するために題目をあげろ。一枡二十分で題目をあげていき、百万遍になると塗り潰せて消える。憎悪を込めて黒く塗りつぶせと煽っているんです。これが日蓮聖人の法華経信仰に基づく宗教団体といえるでしょうか。同じお題目をあげているといいながら、その内実は、憎悪、怨念の題目となっている。これが創価学会の実態なのです。それが外に向かっては、私たちは人権です、平和です、文化ですなどといって、政権の一翼を占めているばかりか、参議院、地方議会でキャスティングボートを握り、地方自治体から感謝状まで貰っているんです。
 そうした創価学会の排他独善的体質。全体主義的体質は、元公明党委員長竹入義勝氏に対する攻撃にも端的に表れています。『聖教新聞』一面のコラム「寸鉄」にはこんな文字が連日踊っています。
  「党と学会の間で立ち回った竹入は、欺瞞の天才。でも政治は凡才。女房は悪妻」。
  「仏勅の学会を乗っ取る泥棒竹入、その毒蛇の正体を見たり」
  「日顕・山友・竹入は点と線で繋がっていた。この忘恩と反逆の畜生共よ」
  「竹入の天才的大ウソ、一つひとつバレる。この悪らつな化け物」
 人権も名誉もあったものじゃない。もうめちゃくちゃです。そうした創価学会の体質をよく示す竹入バッシング発言があります。平成十年十月二十九日に行われた創価学会の婦人部幹部会での高柳洋子全国婦人部長の発言です。これには創価学会の体質が本当によく示されているのでご紹介したいと思います。
  さて、思えば狂乱の日顕宗は、七年前の十一月七日、理不尽にも学会に解散勧告書なるものを、そして十一月二十八日に破門通告書を送りつけてきました。笑止千万の出来事でした。日顕宗と訣別して七年、御書に仏法勝負のリズムとして、「百日、一年、三年、七年の内に」とある通り、正本尊を解体し始めて百日もたたないうちに、破門七年で、日顕は自身の体の解体工事も進み、仏罰、厳罰で入院。「提婆は全身に阿鼻の炎」あるごとく、阿部日顕ならぬ阿鼻日顕となりました。もう長くはないと、日顕を見限った坊主たちが、愚かにも醜い跡目争いの猊座レース、自滅の道をまっしぐらです。
   今というときは本当に凄いときです。二十一世紀を目前に、日顕、山崎正友そして権力の魔性に魅入られた悪鬼入其身の竹入義勝まで出てきた。年末に大掃除をしないと年が変わらないのと同じように、二十一世紀を前に三提婆の大掃除です。今世紀で決着をつけ、創価の世紀を開くときです。
   それにしても竹入義勝という男、純粋な支持者の心を踏みにじり、利用し、甘い汁を知って姿をくらます。そして出てきたと思ったら、裏切る。恩を仇で返す不知恩の輩。「大衆の中で死んでいく」というのではなく、豪邸の中で、汚れた宝石と金にまみれて死んでいくというのか。女房の悪さも、これまた日顕の女房・イメルダマサ子(日顕さんの奥さんは政子さんといって、これを創価学会ではフィリピンのマルコス大統領の夫人であるイメルダさんの名を冠してイメルダマサ子などと蔑称していると瓜二つ。しかし魔を魔と見破れば勝利、仮面を剥いで正体見たりとしていけば勝っていけるのです。
   岩手県からの報告では、竹入の女房喜久は、岩手県北上市の出身、一族全員が脱会して、悪の糾弾を今回進めていくうちに、いろいろな証言が出てきました。日顕宗の闘いでこの北上市は岩手の中で一番早く脱会者が激しく動いたところです。特にその首謀者が竹入喜久の兄と妹の二人でした。何とその二人を陰でそそのかしていたのは、竹入の女房喜久その人だったのです。悪の兄・妹と思っていたのが、その奥の奥に本物の悪、夜叉がいたとの怒りです。
   仏法は勝負。兄は、一族とそこに関わる人たちを脱会させました。しかし厳罰で平成七年、癌でその病院始まって以来の断末魔の阿鼻叫喚の叫び、呻きの中で死亡。さらに妹も平成九年、癌でもだえ苦しみながら死亡。またついこの今月二十五日には、兄にそそのかされて脱会した花巻の法応寺の元講頭が、また同じく癌で死亡したとの報告がありました。(中略)
   悪い女房にふりまわされて悪事をはたらく愚かな義勝、私たちはこの大うそつき夫婦を軽蔑し、笑いとばしながらて進んでいきたいと思いますが、皆さんいかがでしょうか(大拍手)。
 このテープを聞き、私はさっそく竹入喜久さんの親族に確認を取りました。また、「その病院始まって以来の断末魔の阿鼻叫喚」というので、病院関係者にも確認しました。すると、確かに竹入さんの奥さんのお兄さんも妹さんも癌で亡くなっていましたが、別に、「断末魔の阿鼻叫喚の叫び、うめきの中で、もだえ苦しみながら死亡」したわけではなく、普通に亡くなったそうです。
 それを創価学会婦人部のトップである高柳婦人部長は、悪し様に罵ってはばからない。この婦人部幹部会は衛星放送で全国の学会の会館に流され、何十万人という婦人部員が見ています。
 創価学会は自らを日蓮大聖人直結の仏意仏勅の団体だとか、慈悲に基づいた宗教団体、あるいは人権・平和を尊ぶ教団だと称していますが、はたしてこれで慈悲を説き、人を救う宗教者、宗教団体と言えるんでしょうか。私は宗教者という前に、まず人間として問題があるんじゃないかと思います。
 こうした体質を持つ創価学会が、いよいよ「正法大興隆の時」であり、敵対者・批判者を撲滅しろと言っているのです。
 その創価学会は、いま、二つの戦略で日本を席巻しようとしています。一つは、先ほど来申し上げているような、公明党の議席を伸ばしていくという戦略。最初は国会で多数を占めて単独政権を取るという考え方でした。それと同時に地方政界でも単独で与党を占めていくという考え方をもっていたのですが、昭和四十五年に問題となった言論出版妨害事件以来、創価学会・公明党に対する批判が高まり、単独政権の樹立は事実上、無理となったことから、戦術を議会でのキャスティングボートを把握しての連立へと変更しました。
 先ほども話しましたが、平成八年の総選挙を前に彼らは新進党を作りました。これは公明党単独では政権はとれない。小選挙区という新しい選挙制度の中で、公明党は単独では勝つことが難しい。そこで新進党という大きな寄り合い所帯を作って票を獲得し、自民党に代わる政権を作っていく、そしてその中核を公明党が占めるという戦略を立てたわけです。
 自民党に勝つためには学会員以外の票をいかに獲得するか。浮動票をいかに多く取るかというのが問題になります。そのために創価学会は何をしたかというと、教義を変えたわけです。従来、創価学会は自ら以外のすべての宗教を、邪宗、邪教と呼び、排斥してきました。私もよく言われました。「神社の鳥居はくぐっちゃいけない」「邪宗の寺に行ってはいけないよ」と。ですから創価中学では修学旅行も京都・奈良には行きません。普通、東京の中学校は京都・奈良に行くのですが、邪宗の寺に行ってはいけないというので、我々は東北周遊でした。もちろん御輿なんか担ぐのはとんでもないと言われていたのです。
 ところが、新進党になって、外部の票をとらなければいけないとなり、どううしたかというと、「もうお祭りは町の習俗ですからかまいません」となった。ですから平成八年の衆議院選挙で、東京十五区から出馬した黒柳明さん、この人は参議院東京地方区で五期連続当選していた、参議院公明党の顔ともいうべき人でしたが、彼が出馬しました。すでに引退していたのですが、この選挙区には柿沢弘二さんという、この前の都知事選挙に出馬し、石原さんに破れた方が出馬していたことから、急遽、立候補したのです。というのも柿沢さんは、平成六年の羽田政権時に外務大臣のポストを餌にされて自民党を離党し、新生党に入党、羽田内閣で外務大臣になりました。ところが、羽田内閣が崩壊し、新進党が結党される段になるや、家族の創価学会への入会を強要されたとして、創価学会を批判して、いち早く自民党に出戻ってしまったんです。
 これには創価学会・公明党は頭に来たんですね。そこで柿沢を落とせということで、引退していた黒柳さんを担ぎだしたんです。知名度のない候補では勝てない、黒柳さんなら知名度はあるので勝てるかもしれないということで、いわば廃物利用です。そこで黒柳さんは何をしたかというと、江東区を地盤とする東京十五区には、深川の富岡八幡宮というのがあるのです。そこで、黒柳さんは「わっしょい、わっしょい」と、富岡八幡宮のお御輿を担いだのです。その模様はTBSのニュースでも大きく流れました。
 要するに、票を取るためならお御輿を担いでいいのです。そしてこれまでは入会の際に、謗法払いといって仏壇や神棚、位牌などをすべて処分していたのですが、これももうやる必要ないと発表しました。
 しかもその理由を創価学会はどう説明しているかというと、こう言ってるんですね。これまで、他宗のことを邪宗・邪教と呼び、祭りにも参加しない、謗法払いをして神棚や先祖の仏壇を焼いたりしてきたのは、全部、日蓮正宗という石頭の教義に拘泥されていたからでございます。我々はもともとそんなつもりはありませんでした。しかし日蓮正宗がそうだからやむをえなかったのです。これからは人類の共存と平和・環境問題のために、他宗とも仲良く手を繋いでいく所存でありますのでよろしくお願いいたします、と。
 表ではそううまいことを言い、仲良くしましょう、協調しましょうなどと言ってるんですが、実は、一皮剥くと先ほどご紹介したように、「謗法の身延迎合の大罪」と、組織内部では言っている。表と裏、建て前と本音がまったく違うのです。
 にもかかわらず、例えば東洋哲学研究所とか、あるいは創価大学の研究機関、さらには創価学会には『潮』とか『第三文明』というような直営の出版社があります。また、学術部とか文芸部とかという学者や文化人を統轄、懐柔する組織など、さまざまな特殊組織があります。そういう機関や組織をフル稼働させて、宗教学者を懐柔しシンパにして、宗教者のシンポジウムを企画したり、研究会や講演会を開催するなど、あるいは原稿執筆を依頼するなど、さまざまな形で他の宗教団体や宗教者、その中には日蓮宗の関係者も含まれているわけですが、懐柔の手を伸ばしているんです。
 その結果、宗教学者や宗教社会学者といわれる人々の多くが、創価学会のシンパとなっている。そして、それらの人々とつながりの深い宗教者の中には、創価学会の一方的なプロパガンダにのせられ、実態を知らないままに、「創価学会も以前とは変わった」とか「それほど危険ではなくなってきている」などと言う人も出てきているのが現状です。
 こうした手法で自分たちと対立、敵対する勢力をなるべく軟化させていき、外堀を埋めるとともに、票獲得につなげていく、こういう作戦をとっているわけです。いわば宗教界の懐柔と票獲得という両面作戦ですが、こうした作戦に象徴されるように、公明党の議席を伸長させ、政界のヘゲモニーを手中に収めるというのが一つの柱です。
 そしてもう一つが、今申し上げたこととも関連するのですが、「総体革命戦略」というものです。これは私も創価学園、創価大学在学中に池田さんの口から直接、何度も「天下取り」ということを聞かされました。
 我々は天下を取るのだ、天下を取っていくのだ、そのためにはおまえたちは勉強しろ、と我々は何度も言われました。おまえたちが勉強して、司法試験に合格して、裁判官、検察官、弁護士、あるいは国家公務員試験に受かって、外務省、通産省、大蔵省、いろんなところに入っていかないといけない。また、経済界、マスコミ界、その他さまざまな社会の枢要な部署を学会員で占めていき、世間があっと驚いたときが「広宣流布」なんだというんです。
 この「総体革命」戦略に関して、池田さんはこんな話もしていました。創価学会というのは「王仏冥合・広宣流布」を目指す団体なんだと。もちろんこの「王仏冥合・広宣流布」というのは、池田流の「王仏冥合・広宣流布」すなわち「天下取り」ということです。実態は先ほど申しあげたように「私が日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者である」という体制を作りたいということです。要するに、創価学会というのは、池田さんの野望である「天下取り」を果たすための革命集団なんです。しかしそれらを露骨に表に出てしまえば世間は警戒をする。だから文化、平和、教育などでカムフラージュ、表面をデコレーションしていく。内部は戦艦なんだが、外部をカムフラージュして豪華客船に見せていく。それが大事なんだと、こう説明していました。
 こうした戦略に基づいて、創価学会には学生部という、大学生を統轄する組織があります。そこに昭和四十年代にすでに、司法試験、国家公務員上級職試験(当時)、外交官試験(当時)、公認会計士試験を受ける優秀な学生部員を徹底して指導・訓練する「法学委員会」という特別組織を作っています。
 また、創価大学には、「国家試験研究室」が設けられ、やはり司法試験や公認会計士試験その他を受ける学生を特訓しています。ここにはマスコミに食い込むためのセクションもある。
 ところで、創価学会の組織というのは、年齢階層別に、壮年部、婦人部、男子部、女子部、それから学生部、高等部、中等部、少年・少女部という形になっています。そして地域組織としては、先ほど申し上げたようにブロック、地区、支部、本部、区・圏、県、方面というようになっていますが、それ以外にも教育部(教員)、ドクター部(医者)、学術部(学者・研究者)、芸術部(芸能人・美術関係)、社会部(会社単位)、団地部、農村部など、さまざまな組織が設けられています。
 また、例えば検事、学会員の検察官を集めた会は「自然友の会」と呼ばれていました。弁護士だけを集めた会は「旭日グループ」。あるいは外務省には在外公館の現地採用職員を含まると三百人以上の学会員がいるといわれていますが、これは「大鳳会」という組織で統轄している。先日まで外務省の海外文化交流部長という、日本と海外各国との文化交流を担当する最高責任者は、創価学会のエリートである榎泰邦さんでした。いまは中近東・アフリカ局長です。創価学会や創価大学が海外諸国で文化交流をすることが容易なのもうなずける話です。
 先ほど来、話の出ている東京富士美術館が、スペインで「日本美術の名宝展」というのを、ホアンマーチ財団というスペインの財団と組んで開いたことがありました。私は、その取材を現地に赴いて行いましたが、そのおぜん立てをやっていたのは、在マドリッド日本大使館の文化担当書記官でした。この人はむろん学会員です。それがスペイン外務省と交渉して、東京富士美術館の展覧会のお膳立てをしていたのです。
 憲法十五条は、すべての公務員は国民の奉仕者であって、特定の奉仕者ではないと規定しています。特定の人物や団体に利益を与える奉仕者ではないと書かれているのですが、学会員の公務員はダブルスタンダード。国家、国民よりも創価学会なかんづく池田さんの利益を優先させているという重大な疑惑があります。
 私は、過去に、外務省が池田さんに特別通関の便宜を図っていた事実や、学会員外交官が立場上、知り得たヴァチカンについての情報を、創価学会に報告書として挙げている事実などを週刊誌で取り上げたことがありますが、そうした事例の右代表が、現在、公明党代表の神崎武法さんが関わったとされる学会員検事による宮本共産党委員長宅盗聴事件の証拠隠滅工作への関与です。
 昭和四十五年、創価学会が藤原弘達さんの「創価学会を斬る」という著作に対し、出版妨害行為を行なったことが発覚。国会で大問題になり、共産党にガンガン責められました。その際、創価学会内部には、共産党に対する憎悪が高まり、共産党に対する仇討ちが計画された。その結果、創価学会に顧問弁護士の山崎正友氏を中心とする盗聴部隊が設けられ、宮本盗聴事件を起こしたのです。当時の共産党の書記長だった宮本顕治氏の自宅に盗聴器をしかけて情報をとったのです。
 ところが盗聴は共産党側の知る所となり、学会側はあわてて撤収、証拠湮滅をはかります。その証拠湮滅工作を、山崎弁護士が当時現職の検察官だった神崎さん、それから今学会の副会長をやっている福島啓充さん、それからもう一人、会田さんという三人の検察官に相談したというのです。神崎さんは否定していますが、山崎さんは後に宮本氏が起こした盗聴事件についての損害賠償請求訴訟の法廷で、はっきり相談したと述べており、東京地裁、東京高裁は、創価学会の組織的犯行であると断定。この判決は確定しています。
 この盗聴事件は、昭和五十五年に山崎弁護士が創価学会から造反したことによって明るみに出ました。それで共産党・宮本氏が、刑事的には時効となっていましたので、民事の損害賠償請求で訴えました。その結果、東京地裁、東京高裁は、盗聴事件は、後の北條四代会長をはじめとする創価学会の最高首脳の承認のもと、創価学会が組織的に行ったゆゆしき犯罪であると認定し、損害賠償の支払いを認めました。
 ところが学会はちっとも謝らないんです。高裁判決を不服として最高裁に上告しましたが、週刊誌の動かなくなった年末にこっそり取り下げています。そして判決が確定するや、賠償金だけは宮本氏の口座に振り込んできました。ところが、今日に至るまで創価学会は、宮本さんならびに共産党にただの一言も謝っていません。むしろ、地裁、高裁で「組織的犯行」と認定されているにもかかわらず、いまだに山崎が勝手にやったことで、学会は正義だなどと開き直っています。その盗聴事件に神崎さんをはじめとする学会員の検察官が関わっている疑惑があるんです。
 この点に関連して、平成五年に神崎さんが郵政大臣に就任したことをちょっと申し述べたいと思います。ご承知のように郵政大臣とは、電波通信を管理する所管大臣です。いわば盗聴などを防止する立場の親玉です。その郵政大臣に盗聴事件への関与が取りざたされている神崎さんが就任したのです。学会の関係者の話によると、神崎さんが郵政大臣に就任した時、池田さんは、これで盗聴事件の仇をとったと言ったと伝えられています。
 神崎さんは検察官に任官する直前に、「いざ鎌倉の精神で」と題する決意文を書き、自分は検察庁に行くが、あくまで本籍は学会本部職員のつもりである。創価学会に、ひとたび事ある時は、いざ鎌倉の精神で池田先生のもとに馳せ参じる旨、記しています。そうした神崎さんを池田さんも非常に期待しており、ある懇親の席では、神崎さんに「君は、将来検事総長になれるか? なれるなら僕が祈ってあげよう」と発言するほどでした。ところが盗聴事件の発覚によって神崎さんは検察官を辞めざるをえなくなり、検事総長への道は閉ざされた。すると池田さんは、「検事総長はだめになったな。それなら俺が法務大臣にしてやる」といって、神崎さんを盗聴事件が起こったときに赴任していた小倉地検のある福岡、創価学会の勢力が強く公明党がつねに当選する北九州に落下傘候補としておろして、代議士にしたのです。
 盗聴事件への関与を疑われて、検察官を辞めざるをえなかった人間を、わざわざ電波通信法を所管する郵政大臣に据え、「仇を討った」という感覚。まさに国政、内閣を私物化しているとしかいいようがありません。
 こうした事実に象徴されるように、裁判官、検察官、外務省のみならず、ありとあらゆる部署で学会員がポジションを占めていくというのが総体革命戦略です。全国の地方自治体の職員や教員には、それこそ数万から数十万の学会員がいます。
 私は「旭日グループ」という学会の弁護士グループに所属している人に話を聞いたところ、そうだな、学会員の弁護士は千人ぐらいかな、検察官は百から二百人ぐらい、裁判官も百人はいるだろうということでした。
 私は学会員の職業選択の自由を制限したり、宗教に基づく職業差別を行えといっているんではありません。むしろ、学会員の基本的人権を守るためにも、創価学会は覇権主義的で排他独善的な体質を改めるべきであり、そうした改善がなされない場合、国民一般の人権や生活を守るために、公的立場にある学会員の動静を監視せざるを得なくなるということを申しあげているのです。
 というのも、私は出身地である東京の東村山で起こった一つの事件の取材を通じて、大きな危機感を抱いているからです。
 平成七年夏に、東村山市で朝木明代さんという創価学会と激しく対立していた市会議員が不可解な転落死を遂げるという事件が起こりました。朝木さんは、二期連続トップ当選をする、東村山市では抜群の人気をもった市会議員でした。もともと朝木さんは、創価学会とはまったく関係がありません。むしろ、ご主人は臨済宗の東村山では古刹のお寺の次男であり、お寺の嫁であることから、創価学会とはもっとも縁遠い存在でした。
 ところが朝木さんは政治活動、議会活動を続けていく中で、公明党の欺瞞的な体質、創価学会と公明党の政教一致体質に気づき、公明党と議会で対立するようになっていきます。
 そうした過程で、創価学会と日蓮正宗との対立抗争が生じ、創価学会が脱会者に対して組織的な嫌がらせやいじめを行っていることを知るようになります。例えば脱会した学会員が激しい学会からの攻撃を受け、市の法律相談に人権相談に行くわけです。ところが、人権相談に行った内容が創価学会に流れて、さらにいじめられるというようなことが起こってきた。市役所の中に学会員がいて、組織に情報を流すからなんです。そうしたことの相談が朝木さんに持ち込まれるところとなり、これは大変な事態だということで、朝木さんは創価学会問題に首を突っ込むようになっていくのです。
 その朝木さんが平成七年の九月一日に東村山駅前の雑居ビルから不可解な転落死をします。この事件にはきわめて複雑な経緯と背景があります。私は朝木さんの事件を取材した「怪死」(教育資料出版会)という本を上梓しております。また、「怪死」上梓後の経過についても「公明党=創価学会の野望」(かもがわ出版)という本の中で触れていますので、興味があれば読んでいただければと思います。
 とにかく平成七年の九月一日に朝木さんは不可解な死を遂げる。いったいその死は、他殺なのか、自殺なのか、あるいは事故死なのかということで、大きな騒ぎになりました。
 実は、私は、朝木さんが亡くなられた当日、朝木さんと一緒に高知に講演に行く予定となっていました。ですから、その数日前にも電話で「高知には楽しく行きましょうね」と話していたのです。しかも、朝木さんは、死にいたる直前まで、自らが主催する「草の根」の事務所で講演用の原稿をワープロで打っていたことが判っています。それがなぜか行方不明になり、東村山駅前のビルから落ちている。靴がない、鍵がない、最期となった電話の声を、声紋鑑定にかけたところ、生命に危険の及ぶ危険性を感じている極度の緊張状態にあることなどが判りました。とにかく、極めて異常な事件だということで、マスコミも大きく取り上げたわけですが、この事件は、警視庁東村山署と、東京地検八王子支部が担当しました。
 東村山署の副署長は、事件発生当初からマスコミに対して「自殺、自殺」と、事件は自殺だと強調していました。私も取材しましたが、「これは自殺なんだ」と得々と話していました。ところが、マスコミの取材陣が、独自の取材の結果、捜査が極めてずさんであることをはじめ、不可解、不審な点が多々あることを指摘しはじめると、「捜査妨害」だとして『週刊文春』『週刊新潮』『週刊ポスト』『週刊現代』『週刊実話』『日刊ゲンダイ』『夕刊フジ』等の取材を拒否。その一方で、自殺説を鼓吹する創価学会の直営企業の潮出版社が発行する雑誌『潮』の取材にだけは応じていたのです。
 ご承知のように公明党は都議会のキャスティングボートを握っており、警視庁の予算、人事は、公明党の了承を得なければ一つも都議会を通らないのです。ですから、警視庁は公明党・創価学会に頭がまったくあがらない。先に紹介した竹入さんの回顧録にも、公明党が創価学会の選挙違反事件などのもみ消しを警視総監に依頼した事実が書かれています。
 一方、事件を担当した東京地検八王子支部にも極めて重大な疑問があります。と言うのも、朝木さんの周辺には、不可解な転落死にいたる以前から、暴行事件をはじめ、万引き被疑事件など、さまざまな事件が惹起していました。こうした一連の事件は複数の検事が担当していたのですが、平成七年の四月に信田昌男氏という検事が着任以来、すべての朝木関連の事件は、信田検事の担当となりました。したがって朝木さんの不可解な転落死事件も、引き続き信田検事が担当ました。ところが捜査が遅々として進まない。そこで信田検事の経歴を調べてみました。
 すると、これがなんと創価大学出身で、矢野公明党委員長の公設秘書を妻にしているバリバリの学会員だったのです。しかも複数の事件を一人の検事のもとで集めて担当させるには支部長検事の決裁が必要です。そこで、支部長検事は一体だれかと調べてみると、吉村弘さんといって、先に触れた神崎さんと一緒に、創価学会学生部の中でいろんな総体革命のプロジェクトを進める法学委員会の中枢スタッフの一人だったのです。この吉村支部長検事は、創価学会の副会長の妹を妻にしている、やはり池田さんに嘱望されたエリート検事です。そうした人物が支部長検事、担当検事だったのです。
 創価学会のエリートで、池田さんの期待も厚い検事が、学会と敵対した朝木事件を全部取りしきっていたのです。
 もし、今オウムの事件を、オウムの信者の検事が担当していたとしたどうなるでしょう。世間は騒然とするはずです。でも朝木事件を学会員の検事が担当していたという事実を、新聞は全く報道しませんでした。私は、『週刊新潮』と『諸君』でこの事実を指摘しましたが、新聞はいっさい無視しました。ではなぜ書かないのか、それは創価学会のマスコミ支配が進んでいるからです。
 お手元の資料、B4の一番最後のページです。これは「『東日印刷』代表と『活字文化』を語る」という見出しの『聖教新聞』です。この東日印刷というのは、『毎日新聞』の子会社で、『聖教新聞』と『公明新聞』を刷っています。『聖教新聞』というのは、日刊で公称五百五十万部、日本で部数第三位の新聞です。第一位は『読売新聞』、第二位が『朝日新聞』、第三位が『聖教新聞』。『公明新聞』も約二百万部の部数を誇ります。これを創価学会・公明党は、北は『北海道新聞』から南は『沖縄タイムス』までの全国各地の主要新聞に刷らせているんです。
 この東日印刷で『聖教新聞』を何部刷っており、創価学会がいくら支払っているのかは分かりません。しかし『公明新聞』は、政治資金収支報告書に決算が掲載されているので分かりますので、見ると、年間数十億円の金が、公明党から東日印刷に入っています。おそらく『聖教新聞』はその数倍でしょう。
 ですからマスコミ業界では、『毎日新聞』は『聖教新聞』を刷らなければ経営が成り立たない、創価学会に頭が上がらないなどと言われているのです。
 その東日印刷、毎日新聞の子会社である東日印刷の、社長らと池田さんが懇談した。その際、池田さんが詠んだという歌が載っています。どういう歌かというと、「東日と 家族の如き 聖教は 共に栄えむ 歴史を築きて」という歌です。東日すなわち『毎日新聞』と『聖教新聞』は家族のようなものであり、共に栄えるという歌です。
 先ほど「特別ナポレオン展」を主催しているのが、埼玉県と『埼玉新聞』とテレビ埼玉と申しました。もちろん『埼玉新聞』もテレビ埼玉も、印刷を受注したり広告を受けたりしている。創価学会の巨大な金の力の前に、日本の新聞社、テレビはすべて軍門に下っているといっても過言ではありません。もっとも、『朝日新聞』だけは、竹入回顧録を掲載したため、創価学会から謀略的な非難や攻撃を受けたことから、唯一、意地を見せている部分がありますが、他はことごとく膝下に屈しています。
 だから例えば朝木事件を担当したのが、学会の信田検事だということが判明しても、一行も書きません。先ほど来申し上げたように、創価学会に関するさまざまな事件があっても、新聞、テレビは創価学会の不祥事を書いたり、放送したりしないシステムができあがってきているのです。その一方で、先ほどの民音の記事の三ページの横に「ハワイでTV放映『人間池田大作』」という記事がありますが、その「人間池田大作」というプロパガンダ・ビデオは、日本各地の地方局で流されています。もちろんテレビ埼玉も放送しました。これに対して民放連は、こんな放送倫理綱領にもとる池田PRビデオを、地方局とはいえ、公共性の高い放送局が放送していいのかと、問題にしていますが、放送局の経営者は、金になるからと平然とPRビデオを流しています。創価学会にとって都合の悪い報道はしない。その一方でPRは流す。これがいまの日本の新聞、テレビの現状なんです。
 先日、『讀賣』、『朝日』、『毎日』、その他の新聞にでかでかと『新・人間革命』という池田さんの著作の全面カラー広告が出ていたことを、ご記憶の方も多いと思いますが、毎月毎月ああいう広告が載るのです。その他にも「聖教新聞」社発行の書籍をはじめ、『潮』とか『第三文明』、『灯台』『大白蓮華』『SGIグラフ』と、毎月、何億、否何十億という広告費がマスコミに注ぎこまれているんです。 
 創価学会はご承知のとおり、宗教法人として税制上の優遇措置を受けています。年間その収入がいくらかははっきり分かりませんが、二千億円から三千億円、あるいは四千億円とも五千億円ともいわれています。そのお金を湯水のように使って、政界、財界、マスコミ界と、創価学会は影響力をどんどん強めているんです。
 それと共に、今創価学会がターゲットにしているのが、出版社系雑誌の支配、駆逐です。新聞、テレビが沈黙する中で、唯一、創価学会にとって厳しい記事を書くのが週刊誌、月刊誌など雑誌なのです。それも出版社系の雑誌です。『文藝春秋』『現代』『諸君』『新潮45』、それから週刊誌でいえば『週刊文春』『週刊新潮』『週刊ポスト』『週刊現代』『週刊実話』『フォーカス』『フライデー』などです。また、夕刊紙の中では『日刊ゲンダイ』が頑張っています。こうした雑誌、夕刊紙をいま創価学会は抑え込もうとしているんです。
 先般、『読売新聞』がヘアヌードの問題にからんで、『週刊現代』の広告を出さないという事件がありました。これ、表面的にはヘアヌードを載せるか、載せないかということですが、本当の狙いはヘアヌードではないんです。実は、ヘアヌードを端緒としながら、創価学会なかんづく池田さんに批判的な記事の広告を載せないという方向に、問題を進めようとしているんです。
 昨今、報道による人権侵害を許すなということが盛んに叫ばれていますが、この運動は、創価学会の弁護士が中心になって進められています。先ほどご紹介したように『聖教新聞』や創価学会系雑誌は、竹入さんや日顕さん、そして山崎正友さんや白川勝彦さんを罵詈罵倒しています。かく言う私も、名誉などおかまいなしの激しいバッシングを受けていますが、どういうわけか私たちの人権や名誉はちっとも守ってくれない。その一方で、報道による人権侵害を許すなというお題目のもとに、創価学会や池田さんを取り上げる出版社系の雑誌、特に『週刊文春』とか『週刊新潮』『週刊現代』などを抑え込んで、創価学会に批判的な記事はもう載せさせないようにしようと動いている。
 昭和四十五年に創価学会は、言論出版妨害事件を起こしましたが、社会的批判を浴びた。そこで、いまではより狡猾な形で、創価学会に批判的な記事を押さえ込もうとしているんです。
 日本では雑誌や書籍は、日販と東販という流通業者を通じて書店に流れます。そこにも学会員が多く働いており、さまざまな手心、あるいは圧力がかけられているとも言われています。また、書店に圧力をかけることも多い。「新・人間革命」をはじめ、「聖教新聞」社発行の本や『潮』などは、学会員が大量に講入する。それを武器にして、創価学会批判記事が載った雑誌や書籍が届いても、荷を開かさなかったり、目立たないところに置かせるなどということもしています。
 とにかくあらゆる手を講じて創価学会に批判的な雑誌や書籍を封じこめようとする。世間の人が気づかないうちに深く静かに創価学会の「天下取り」「日本支配」計画は進んでいるんです。まさに「世間がアッと驚いた時が広宣流布」です。
 私は、日本人というのは非常にバランス感覚のとれた国民だし、賢明な国民だと思っています。ですから池田さんが「日本の柱」というような政治状況、これまで述べてきた創価学会の専横が、いつまでも続くとは思っておりません。しかし、今お話し申し上げたような状況は、今度の衆議院総選挙の結果がどうなるかわかりませんが、まだ今後数年、続いていく可能性があります。
 私は、戦後の民主主義教育を受けておりますので、国民を太平洋戦争、大東亜戦争へと駆り立てていった戦前の軍国主義体制、ファシズム体制が、どうしてああもたやすくできあがっていってしまったのかということを、いつも不思議に思っていました。同時に、今日の民主主義国家・日本であれば、ああしたことはもう起こらないだろうと楽観的に考えるところがありました。もし、戦前のようなことになっていけば、マスコミをはじめとする言論機関が警鐘を鳴らし、ファシズムに反対する多くの人々が、必ずや立ち上がるだろうとや思っていたからです。
 ところが、最近は、背筋の寒い思いをすることが多くなってきました。マスコミ・ジャーナリズムの世界に身を置き、取材をする中で、現代日本の民主主義社会、自由な社会は、極めて脆弱であることを痛感させられる機会が実に多いからです。
 戦前のあのファシズム横行の社会は、国家神道をバックボーンとした大政翼賛体制といわれています。昨今の自・自・公で三百議席を超える政治状況を、新大政翼賛体制と呼ぶ人もおりますが、私は、いまの政治状況、政治体制は、創価学会の票と金をバックボーンにした国家神道ならぬ国家創価学会体制になりかねないと危惧しています。
 来る総選挙では、自・自・公はかなり議席を減らすだろうと思っております。一般国民の創価学会・公明党に対する反発、アレルギーは非常に強いことは、『週刊朝日』や『論座』のアンケートを見てもはっきりしています。しかしこうしたアレルギーを緩和するために、いま、創価学会・公明党は、必死で、憲法二十条の規定する政教分離は、国家と宗教の関係であり、創価学会と公明党の関係はその範疇にないと主張。宗教者、宗教団体の政治活動は自由だとアピールしています。
 お配りした資料の中にある秋谷会長の『聖教新聞』の囲み記事をご覧ください。「誤った政教分離論を糾す」ということで、憲法二十条の「いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」という規定は、国家の宗教に対する関係規定をしたものであって、宗教の国家なり政治権力に対する関係を規定したものではないというきわめて一方通行的な解釈を繰り返しています。
 これに対しては、憲法学界や法曹界から反論も出ております。しかし、その声は、創価学会の大プロパガンダの前には、まだまだ小さいのが現状です。お配りした資料の中にも、「仏教タイムス」掲載の自民党の白川代議士のインタビュー、白川さんは弁護士でもありますが、白川さんに対するインタビューが載っていますが、そこでは、いや、そうではない、憲法二十条の規定は、確かに戦前の国家神道体制下で、日蓮宗のみなさんも遺文削除問題や・曼荼羅不敬事件など、国家の宗教にたいする抑圧を受けており、国家の宗教に対する関係が重要な骨子だが、単に国家の側からの宗教に対する関係を規定しているだけではなく、同時に、宗教の側からの国家、政治に対する関係をも規定した双方向の解釈が必要だという主張がなされています。憲法二十条には明確に「宗教団体」と規定されています。概念的な「宗教」が対象ではありません。創価学会という特定の宗教団体に支配された公明党が、政権の中に入っているという事実、そしてこうした政治状況を背景に、創価学会の総帥である池田さんが「出世の本懐」を遂げる、「正法大興隆の時」と発言している事実を踏まえる時、この規定を単に国家の政治権力の宗教に対する関係だと矮小化することには、重大な問題があると思うのです。
 創価学会が起こした、昭和四十五年の言論出版妨害事件の時に、時の自民党佐藤内閣は、政教分離についての憲法解釈について、政府見解で創価学会・公明党をかばいました。これは将来の国会対策そして選挙対策上、創価学会・公明党を味方に付けておいた方が、得策だとの政治判断に基づいてなされものです。その内容は、先ほど来、申しあげている憲法二十条一項後段の意味するところは、国家の宗教に対する関係を規定したものだとする一方通行の解釈です。これが今日まで踏襲され、それを創価学会・公明党はいま、日本に於ける憲法二十条の解釈として固定させようとして、必死にアピールしています。
 そうして創価学会・公明党に対する反発、アレルギーを緩和しようとしているんです。しかし、私は与党三党はきっと負けると思います。だが、創価学会・公明党は、内部ではなんと言っているかというと、我々はある程度負けるのは予測済みだ。しかし自・公すなわち自・創で過半数をとれればよいと言っているんです。そうすれば「日本の柱」体制は維持できると。
 先ほど申しあげたように、創価学会・公明党が政権に参画できる最大の要因は、参議院のキャスティングボートを握っているからです。そして、もう一つ、創価学会は小選挙区での創価学会票を大きな武器として、政界のヘゲモニーを握ろうとしているんです。平成十年の参議院選挙で公明党は比例区で七百七十四万八千票を獲得しました。これを全国三百の小選挙区で割ると、一選挙区あたり二万五千票となります。この票を武器にして、創価学会は政治家を膝下に組み敷こうとしているんです。
 その結果、公明党と連立を組む自民党内では、自・公連立に反対したり、創価学会を批判することはできなくなってきています。反自・公連立の急先鋒である白川勝彦さんや平沢勝栄さんは、「いまや自民党内で創価学会批判をすることはタブーとなりつつある」と語っています。
 かつて公明党で単独政権を取ろうとして自分には、創価学会は小選挙区制に反対でした。池田さんは小選挙区制を導入したら百万人の青年部員で国会を囲むとまで言っていました。ところが、自らの勢力が頭打ちになり、単独政権が無理になり、連立の時代を迎えると、一転して小選挙区制に賛成しました。それは、十㌫に満たない創価学会・公明党勢力の力を最大限、有効に発揮し、政界への影響力を最大限発揮するシステムが、小選挙区制度だからです。当選第一主義の代議士にとって、自分の選挙区にある二万五千票が味方になるか敵になるかはたいへんな違いです。結局、創価学会を敵にしたくないということで、内心では創価学会はおかしいと思っていても、黙ってしまうのです。
 そこで最後に私が申し上げたいのは、創価学会は自らを唯一正統の仏教団体だと称しています。日蓮大聖人直結の仏意仏勅の教団だと言っています。そして現実に世間でも日蓮さんの教えといえば、創価学会というイメージが定着しつつある。先ほど申しあげたような日顕を祈り殺せというような怨念の題目が、日蓮さんの題目だとして流布していく可能性があるわけです。日蓮聖人が表された「立正安国」という大命題、その意義が、創価学会流の解釈と実践方法で世間に定着してしまう危険性もあるわけです。
 私は、これでいいのだろうか、と思うのです。日蓮聖人は「日蓮を悪しく敬えば国滅ぶ」というお言葉を遺しておられますが、私は、この言葉の意味を、いまこそ日蓮門下の宗教者は深く、強く噛みしめるべきなのではないかと思っています。このまま創価学会が、日蓮の正当な団体だと、法華経宣布の唯一正統な団体だということで広まっていったら、日本の国の将来は暗澹たるものになってしまうのではないでしょうか。
 その意味で、創価学会をここまで助長させた第一の責任は、二人三脚で来た日蓮正宗にあると思っています。しかし、同時に、同じ日蓮門下として法華経を、そして日蓮聖人を教義・信仰の依所としている日蓮宗のみなさんにとっても、創価学会の存在は、決して他人事ではないと思うのです。皆さん方はそう思っておられなくても、創価学会は「謗法の身延迎合の大罪」と言っているのですから、否応なく敵対勢力とみなされているんです。その意味では、創価学会問題というのを自らの問題として捉え直し、創価学会の教義なり、信仰のあり方が、本当に日蓮聖人の教に叶うのかどうかをきちんと批判し、啓蒙する必要があるのではないかと思うのです。
 私はそれが、来るべき立教開宗七五十年に向って日蓮宗門が取り組むべき問題の一つではないかと思います。いま、日蓮宗門は七五〇に向って様々な事業を展開なさっておりますが、その一つとしていま申しあげたようなことを、考えていっていただければ思います。それがひいては令法久住・広宣流布に繋がっていくのではないでしょうか。学会員は池田流のマインド・コントロールによって人を呪い、恨み、攻撃をし潰していくというようなことが信仰だと思っているわけです。誤った信仰生活を送ることを余儀なくされているわけです。そうした人々を救済していくこともまた、日蓮宗の皆さんに課せられた使命なのではないかとも考えます。
 同時に、政界に対する、自・自・公連立体制という今日の政治状況に対し、日蓮宗門としてどう向き合っていくのかという点についても、十分、議論をしていただく必要があるのではないのでしょうか。昨年、自・自・公連立政権が発足するにあたって日蓮宗門は、永井宗務総長がこれに反対する書簡を自民党の森幹事長に出されました。伝統教団の中でいち早く行動を起こされたことに対し、私は敬意をもって見ておりましたが、どうもアドバルーンだけに終わってしまっているきらいがある。
 日蓮宗門の中には、一乗会という国会議員の会もあります。また、地方議員の方も数多くおられます。おそらく住職で地方議会に出ておられる方もいれば、檀信徒さんで議員という方も相当いるでしょう。そういう方々を通じて、いまの政治状況、「日本の柱」体制にどのような働きかけができるのか。そういう点を検討して、重層的な活動を有機的に積み上げていく必要があるように思われます。
 そうした活動が、広宣流布・令法久住、そして「立正安国」という日蓮聖人の教えにかなっていく、繋がっていくのではなかろうかと思います。
 たいへん、口幅ったいことを申しあげましたが、私も法華経、そして日蓮聖人の御教えを戴く一人として、創価学会の一員であった自らの前半生を総括する意味も含めて、このようなことを申させていただきました。いずれにいたしましても、創価学会問題というのは他人事ではない、自分たちの足下に、あるいは国民一般を含めた檀信徒の皆さんの目の前まで降りかかってきている切実な問題だと言うことをぜひご認識いただいて、今後のご活動の一助にしていただければ幸いでございます。本日は長い間ありがとうございました。

 ※本稿は平成十二年二月十八日、愛知県名古屋市「名古屋クラウンホテル」にて開催された第三四回教化学研究集会にて講演されたものを筆録したものです。

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