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教化学研究1 現代宗教研究第44号別冊 2010年03月 発行

日蓮聖人の賢王思想

 

日蓮聖人の賢王思想
 
石 川 修 道
 
㈠ 日蓮聖人の日本観
 田中智学師は、文久元年(一八六一)十一月、日本橋の医師・多田玄竜の三男として誕生。玄竜は門下三千人と言われる江戸寿講(身延参りの在家講)の先達・駿河屋七兵衛の高弟であり、智学は幼少期より折伏的な法華信仰を理解していた。在家仏教の蓮華会、立正安国会を創立、国柱会と改称した。田中智学の「日本国体学」は明治十年の西南戦争頃に芽生え、二十〜三十年に成熟し、日清(明治二十八年)、日露戦争(明治三十八年)の国家存亡に国民は「国家」を認識し、智学は国家体制の「あるべき相」を神武天皇の建国理念と法華思想に求め、構築されたのが「日本国体学」である。日本書紀巻八による日本古代民族の共通した政治理念。玉(積慶)・鏡(重暉)・剣(養正)を近代国家の三権、立法(鏡)・行政(玉)・司法(剣)との同一性を見出した。そして、この日本建国の「三種神器」は、法華経の三学(戒・定・恵)、三徳(主・師・親)、三妙(本因・本果・本国土妙)、三大秘法(本尊・題目・戒壇)と合一性あることを発見した。
玉─題目─恵─親─本因妙 八紘一宇
 
神道の心 鏡─本尊─定─師─本果妙 然ル後ニ 仏国の実現
剣─戒壇─戒─主─本国土妙 六合一都
 
月─勾玉─仏の親徳─積慶─明き心
 
仏教の三光天子 太陽─鏡─仏の師徳─重暉─清き心 神道の心
星─剣─仏の主徳─養正─直き心
 
 日蓮聖人は「日本国」を三視点より重要視した。㈠は「神国としての日本」、㈡は「法華経有縁の日本」、㈢は「本国土妙としての日本」である。
㈡ 宗祖の花押と一字金輪
 伊勢神宮の神官・渡会家が記した高庫蔵秘抄に収まる「妙見秘記」によると、
 「軸星諸星頂輪王……一字金輪……御本地仏眼仏母如来也……出阿字本学都、住真如実相満月輪。亦一字金輪住一切衆生心月輪。転成尊星王。……変成妙見菩薩。顕昼日天子。顕夜月天子。此日月和合顕明星天子」
とあり、妙見星は紫微宮に居住し、不動の星で諸星の中心たる「軸星」であり「諸星の王」である。よって妙見星は天皇の「星」であり、天皇は紫宸殿に座し南面する。背に北辰妙見星を戴く。天皇は地上における最高の王たる転輪聖王の最高位、「一字金輪王」となる。天皇の本命星は北辰で仏智の最尊「一字金輪仏頂」と考えられた。一字金輪の種字はブルーン(Bhrūn・一般的にボロン)である。結跏趺坐し法界定印を結ぶその上に金輪をおく「釈迦金輪」と、日輪中に五智宝冠をつけ智拳印を結ぶ金剛界「大日金輪」の二種がある。
 高庫蔵秘抄によると、一字金輪の転輪聖王は尊星王として北辰妙見となり、その北辰のエネルギーは日天子、夜は月天子、そして日月和合して明けと宵に明星天子となって顕れると説く。
 日蓮聖人の大曼荼羅本尊に梵字の種子で主尊を表している。「」は不動明王、「」は愛染明王と理解されている。「」は本来、金剛界の大日如来や法界虚空蔵を表している。「」は愛染明王、金剛菩薩、転法輪菩薩、蔵王権現、訶利帝母(鬼子母神)を表する。不動明王の種子は本来「」であり、宗祖はどちらを書かれたのだろうか。真言でいう大日三尊は、大日如来はバン()、不動明王はカーン()、愛染明王はウン()である。
バ ン
 
大日如来
金剛鏁菩薩
金剛拳菩薩
法界虚空蔵 ボロン
 
一字金輪仏頂
熾盛光仏頂
大輪仏頂 ウン(ウム)
 
意義
無怖畏の義
 恐怖
 大請願
 能満願
㈢ 宗祖の病状と賢王思想
 日蓮聖人の消息文、本尊に自署を表す「花押」がある。山川智応師、鈴木一成師の研究により、宗祖の花押は「」字と「」字を用いられたと言われている。ボロンは一字金輪仏頂尊の種子である。転輪聖王に四種あり、鉄輪王は一天下統治、銅輪王は二天下、銀輪王は三天下、金輪聖王は四天下を統治する。玉沢門流の鎌倉浜の法華寺・常楽院日伝が康正三年八月十三日(祖滅一七六)に、弘経寺日位に授与した「御本尊相伝抄」十九條の「御判形ノ事」によると、
 「第十九、御判形ノ事。是ハ文字ニト習フ也。其トハ判ノ初ハ愛染ノ梵字字也。一義ニ云ク、字也。其ハ一字金輪ノ梵字也。是ハ星也。次ニ蕨手ノ事。是ハ字也。物ヲ養フ義也。去ル間、日蓮ト遊シテサテ判ヲ遊シ留ムル時ト遊ス。是ハ日月等シク相並ヘ玉フ意也。御判形ノ廻リヲ大ニマハシ給フ事ハ、是ハ一閻浮提也。其ノ上ニ日月出デ玉フト云々。サテ愛染ノ字ヲ書キ給フ事ハ、是ハ一大三千界ニ愛敬セラルヽ意也。広宣流布ノ意也。」
とある。宗祖の花押文字に、一字金輪の種子ボロン字がある。「一字金輪」は星とし、を蕨手と名づけ月を象し、日蓮の御名の日と合して、宗祖花押に「三光天子の象」を含有している。また花押に山が三つ、円が大きく描く「九山八海」は四洲(一閻浮提)を表し、宗祖が転輪王と再生し、四天下統一するを象している。蒙古使御書(建治元年九月)に
 「一切の大事の中に国の亡ブるが第一の大事にて候也。……仏のいみじきと申スは、過去を勘へ、未来をしり、三世を知しめすに過キて候……所詮萬法は己心に収マリて一塵も欠けず。九山八海も我身に備ハリて、日月衆星も己心にあり。」①
 日蓮聖人の花押は、文永建治期にバンを用い、弘安元年(一二七八)五月二十二日の「霜雨御書」まで使用する。同年六月二十五日の「日女御前御返事」より一字金輪仏頂尊の種子、ボロンの花押を使用される。覚禅抄や阿沙婆抄、法華秘決によると、バン字は釈迦・多宝如来の智仏・理仏を一つにした妙理智拳印の種子とする。また火生三味・焼滅煩悩の「不動明王の種子」としている。法華経神力品の「日月ノ光明ノ能ク諸ノ幽冥ヲ除クガ如ク、斯ノ人世間ニ行ジテ能ク衆生ノ闇ヲ滅シ、無量ノ菩薩ヲシテ畢竟シテ一乗ニ住セシメン」の経文に通じている。
 仏教の宇宙成立観・五輪思想によると空()、風()、火()、水()、地()の水大()に大空点ヽを打ったのがである。よって宗祖の本地・上行菩薩は水大の知恵を象している。火生三味の「火」と、五輪思想の「水大」は相克関係だが、日蓮聖人の花押にはその両面を有している。それ故、信仰を語る時、宗祖は「火」の如き信と「水」の如き信仰を語る。
 「何なる世の乱れにも、各々をば法華経・十羅刹助ケ給へと、湿木より火を出し、乾土より水を儲けんが如く強盛に申ス也」②
 「抑モ今の時、法華経を信ずる人あり。聴聞する時は、もへたつ(燃立)ばかりをもへども、とをざかりぬればすつる心あり。水のごとくと申スはいつもたいせず(不退)信ずる也。」③
 日蓮聖人は自らの花押をバン字からボロン字に変えた。その理由は他宗との宗教討論「公場対決」の実現により、法華経による宗教統一「一国同帰」を可能にする思想発展によるものと考えられる。建治四年は疫病流行により二月二十九日、弘安元年と改元された。改元より一ヶ月後の三月十九日、鎌倉の状況が速達にて身延の日蓮聖人の許に同二十一日戌刻に届いた。「諸人御返事」には、
 「日蓮一生の間の祈請並に所願(公場対決)、忽ちに成就せしむるか。将又五五百歳の仏記宛かも符契の如し。所詮真言、禅宗等の謗法の諸人等召合せ、是非を決せしめば、日本国一同に日蓮が弟子檀那となり。我が弟子等の出家は主上(天皇)、上皇の師とならん。在家は左右の臣下に列らん。将又一閻浮提皆此の法門を仰がん。」(原漢文)④
 同日の三月二十一日、三位阿闍梨に与えた「教行証御書」には、
 「彼此是の如き次第、何なる経文、論文に之を出すや等云々。其外常に教へし如く問答対論あるべし。……日蓮が弟子等は臆病にては叶ふべからず。……法華経と申す大梵王の位にて民とも下し、鬼畜なんどと下しても、其過あらんやと得意て宗論すべし。」⑤
とある。煩悩即菩提のバン字を個人的と把えると、弘安元年六月のボロン字は四洲統一という視野を世界に向けている。「公場対決」を期し、世界統一の主である転輪聖王の最高位・「金輪聖王」を表するボロン字に、花押を変える日蓮聖人の真意─金輪聖王への再生と四海統一の預言性─が考察できる。
 日蓮聖人が身延入山して四年目の弘安元年(一二七八)、聖寿五十七歳の三月廿一日、日蓮聖人が願望していた公場対決(諸宗との討議)の実現の可能性が出てきた。諸人御返事に
 「所詮召シ二合セ真言禅宗等ノ謗法ノ諸人等ヲ一令メハレ決セ二是非ヲ一、日本国一同ニ為ラン二日蓮カ弟子檀那ト一」
 
と、宗祖は公場対決を「是非ヲ決スル」と表現している。そのとき諸宗を論破し、国主より「法華最第一」の公許を得た時、
 「我ガ弟子等ノ出家ハ主上(天皇)上皇ノ師と為リ、在家ハ左右ノ臣下ニ列ラン、将タマタ一閻浮提皆此ノ法門ヲ仰ガン」(原漢文)
と、強烈な檄文を呈し、日蓮の弟子・本化の菩薩集団は、政治、権威、権力の天皇、上皇の指導的立場(師)に位置し、本化菩薩団を外護する「日蓮の檀越・在家」は左大臣、右大臣の如くであると宣している。仏法が政治の上に位置付けされている。一神教の神が皇帝の優位に有るが如く、日本仏教の中では、タブーでもあり、誠に珍らしい宗教表現である。この諸人御返事の強烈な日蓮聖人の心情が、「三大秘法禀承事」の
 「戒壇トハ王法仏法ニ冥シ、仏法王法ニ合シテ、王臣一同ニ本門ノ三大秘密ノ法ヲ持チテ」⑥
と表現されるのである。
 この建治三年、弘安元年(一二七八)は、疫病が全国に蔓延し、長雨が続き、日蓮聖人は体調を崩し(下痢)、天災と疫病の時代環境を生きる厳しき時期である。「中務左衛門尉殿御返事」には、
 「日蓮ガ下痢、去年十二月丗日事起り、今年六月三日、四日日々に度をまし」⑦
と、宗祖の病気が建治三年の十二月三十日に発症している事を自ら述べている。その病状の中で、公場対決の可能性の一報である。すぐ鎌倉の弟子檀越に返書「諸人御返事」を認め、同日に鎌倉在住の三位房に長文の「教行證御書」を著わし、公場対決の心得と法門を授けている。病状の日蓮聖人にとって激務の作業・布教活動であった。その時間的経過の流れは、次の如く厳しいものであった。
○建治三年十二月・法華初心成仏抄を著し、実相寺御書を駿河国実相寺豊前公に授与し、弟子教育をしている。このときすでに日蓮聖人は、体調不良になっている。
○同年冬、日蓮聖人の身延における住居環境は「庵室修復書」によると、
 「やうやく四年がほど(過ぎ)直す事なく」⑧、四条金吾許御文の「(この)處は山中、風はげしく庵室はかご(籠)の目のごとし。うちしく(打敷)物は草の葉、きたる物はかみぎぬ(紙衣)、身のひゆ(冷)る事は石の如し」⑨の状態であった。
○建治四年二月二十九日 改元。疫病ノ故カ歟。⑩
○弘安元年三月二十一日、鎌倉から身延の日蓮聖人に公場対決の可能性の報がもたらされた。諸人御返事に「日蓮一生之間ノ祈請並ニ所願、忽チニ令ムル二成就セ一歟」とある。
○同年同日、鎌倉在住の三位房へ教行證御書を授け、公場対決の心得を説く。同抄に「其ノ外常に教へし如く問答あるべし……但し公場ならば可シレ然ル。私に不レ可二問註ス一」⑪の語がある。また在俗の檀越で法論力のある四条金吾に「夫レ仏法と申スは勝負をさきとし、王法と申スは賞罰を本とせり」⑫、「仏法と申スは道理也。道理と申スは主に勝ツ物也。」⑬と、法論の概念を述べている。そして「地涌の菩薩は仏の勅使」⑭、「妙法蓮華経は三世諸仏の萬行萬善の功徳、萬戒の功徳」⑮であり、それを「金剛宝器戒」とし、本門の一念三千は妙法五字の「金剛不壊の袋」に包まれている⑯と説く。宗祖が「金剛」という最強の「語」を使用し、地涌菩薩の再誕身を「金輪聖王」と導き出している。
 「已に地涌の大菩薩上行出テさせ給ヒぬ。結要の大法亦弘マらせ給フべし。日本・漢土・萬国の一切衆生は、金輪聖王の出現の兆、優曇華に値ヘるなるべし」⑰
と教行證御書に述べている。
○弘安元年卯月(四月)、三回忌に当る日蓮の師・道善房の報恩に「華果成就御書」を認め、清澄の浄顕房、義浄房に送る。「日蓮法華経の行者となって、善悪につけて日蓮房日蓮房とうたはるる此ノ御恩、さながら故師匠道善房の故にあらずや。日蓮は草木の如く、師匠は大地の如し」⑱
○同年五月廿二日、この年は長雨の天候不順である。霖雨御書「山中のながきあめ(雨)、つれづれ申スばかり候はず。」⑲
○同年六月廿五日、日女御前御返事に「今日本国の者、去年今年の疫病と、去ヌル正嘉の疫病とは人王に始マリて九十余代に並ヒなき疫病也。……日本国の一切衆生すでに三分二はやみ(病)ぬ。又半分は死シぬ。」⑳と、疫病ノ全国蔓延を記している。
 この時期、自身病んでいる日蓮聖人は疾病の関する記述が多く見られる。
○同年六月廿六日、富木入道殿御返事に「夫レ人に二ノ病あり。一には身の病、……二には心の病、所謂三毒乃至八万四千の病也。此病は二天・三仙・六師等も治シ難し。……日本一同に日蓮をあだみて(中略)前代未聞の大瞋恚を起す事此レ始なり」
 同日の中務左衛門尉殿御返事に「今の日本国、去今年の疫病は四百四病にあらざれば華他・偏鵲が治も及ハず。……日蓮カ下痢、去年十二月丗日事起リ、今年六月三日・四日、日々に度をまし月々ニ倍増す。定業かと存スル處に貴辺の良薬を服シてより已来、日々月々に減じて今百分の一となれり。」
 兵衛志殿御返事に「みそをけ(桶)一ツ給ヒ畢ンヌ。はらのけ(下痢)はさえもん殿の御薬になをり(治)て候。又このみそ(味噌)をなめて、いよ〳〵心ちなをり候ぬ」
 日蓮聖人の病気(下痢)が、四条金吾と池上兵衛志(宗長)の薬により好転した事が記されている。
 しかし日蓮聖人は、自らの疾病は尋常でない「不治の病」であることを覚っていた様子である。その後の身延での住居環境は、好転より病状を進行させた。弘安元年六月三日の「阿仏房御書」によると、
 「正月より今月六月一日に至り、連連此病息むこと無し、死ぬる事疑ひ無きものか。経に曰く、消滅々巳、寂滅為楽。今は毒身を棄て後に金身を受ければ豈に歎くべけんや。」(原漢文)
 日蓮聖人は今回の病気に「死」を覚悟している。病苦の毒身を棄てゝ金身を受く、「寂滅為楽」に「金身」を得るとは、如何なることか。日蓮思想において二つの変化身・再誕が考えられる。一つは立正安国論で謗法苦治する「護持正法の人・金剛身を成就」するの「金身」であり、その人物は「五戒を受けず、威儀を修せず、正法護持のため刀剣・弓箭・鉾槊を持す人」、この人物は「不レ受二五戒一為レ護二正法一乃名二大乗一」の涅槃経文の如く「大乗ノ人」と言われる。 二つは観心本尊抄に言う、本化菩薩が金輪聖王と変化身した「賢王」である。
 「此ノ時(末法ノ初)地涌ノ菩薩始テ出二現シ世ニ一、但以二妙法蓮華経ノ五字ヲ一令レ服二幼稚ニ一、因謗堕悪必因得益トハ是也。……釈尊ノ初発心ノ弟子也。……但(法華経)八品之間ニ来還セリ。如キレ是高貴ノ大菩薩約二束三仏ニ一受二持ス之ヲ一、末法ノ初ニ可キレ不ルレ出歟。此四菩薩現二折伏ヲ一時ハ成二賢王ト一誡二責シ愚王ヲ一、行二摂受ヲ一時ハ成テレ僧ト弘二持ス正法ヲ一」
摂受(正法護持)─僧─覚徳比丘
 釈尊初発心の弟子=本化地涌菩薩=高貴の大菩薩─→本化菩薩 折伏(愚王誡責)─賢王─有徳王
 
         転輪聖王
(四)曼荼羅本尊と賢王
 日蓮聖人は本尊抄において、本化菩薩は「愚王誡責」する時は、「賢王」として再誕すると予言する。それは撰時抄、妙法比丘尼抄に言う賢王による仏法擁護・仏法選択論である。
 「日出テぬれば星かくる。賢王来れば愚王ほろぶ。実経流布せば権経のとどまり、智人南無妙法蓮華経と唱えば愚人の此に随はんこと、影と身と聲とのごとくならん。日蓮は日本第一の法華経の行者なることあえて疑ひなし。」
 「善悪に付て国は必ス王に随フものなるべし。世間如此、仏法も然也……たとひ聖人、賢人なる智者なれど、王にしたがはざれば仏法流布せず」
 「されば賢王の時は、仏法をつよく立ツれば、王両方を聞あきらめて勝れ給フ智者を師とせしかば、国も安穏なり。所謂陳・隋の大王・桓武・嵯峨等は天台智者大師を南北の学者に召シ合セ、最澄和尚を南都の十四人に対論させて論じかち(勝)給ヒしかば、寺をたてて正法を弘通しき。……今日本国すでに大謗法の国となりて、他国にやぶらるべしと見えたり。此を知リながら申さずば、縦ひ現在は安穏なりとも後生には無間地獄に堕ツべし。」
 このように日蓮聖人は、正法弘通に政治権力の賢王・帝王の仏教擁護が必要条件として認めている。四海帰命・世界統一の際は、日蓮聖人自身が賢王として再誕・再生する予言の自己成就を確信している。その予見性が日蓮思想の中に存するのが本化教学の特徴である。その賢王の現実的実態を日蓮聖人は、法華経の守護神の中より四洲統一の理想王の転輪聖王(金輪聖王)を選出したのである。
 四洲を統一する理想的帝王(賢王)は、転輪聖王の最高位・金輪聖王であり、一字金輪である。広大な宇宙の中で一字金輪は、その中心の軸星である。あらゆる萬星が軸星の北極星の回りを一昼夜で一回転する。中心の北極星は「不動」であり、「犯されざる星」である所から、天皇の本命星は北極星の「北辰妙見」となる。
 一字金輪─軸星─北極星─妙見尊─天帝(賢王)
となる。日本神道では天照大神の先祖神たる天つ神、造化三神の天御中主命が北極星に配され、日本仏教の特に修験道に於ける星神信仰では、道教の錬金術と仏教の須弥山思想から、鉱物産出の山々では、妙見尊と虚空蔵菩薩は同一視する思想が生まれた。法華経序品第一の「名月天子、普香天子、宝光天子」の三光天子を、天台大師は法華文句に釈して、
 「名月等の三光天子は、これ内臣、卿相の如し。名月(天)は是れ宝吉祥にて月天子大勢至の応作なり。普香(天)は是れ明星天子にして虚空蔵の応作なり。」
と釈し、法華経の三光天子のうち、星・普香天子は明星天子にして、虚空蔵の変化身であるとする。
 天御中主命─妙見尊─虚空蔵菩薩─明星天子の同体化の思想が形成されてくる。天台比叡山と日吉社の山王神道から生まれた思想であろう。道教的には妙見尊、仏教的には虚空蔵尊という関係である。
 日蓮聖人は、転輪聖王の最高位「一字金輪王」(金輪聖王)の「賢王」として日本国に再生する予見性を文上・文底に述べている。特に法華経は、日本国に最も有縁の国であることに、宗祖は感激する。弥勒菩薩の瑜伽論に「東方ニ小国有り。其ノ中、唯大乗ノ種性ノミ有リ」、肇公の翻経記「此ノ経典、東北ニ縁有リ」の文に接し、日蓮聖人は、
 「西天ノ月支国ハ未申ノ方、東方ノ日本国ハ丑寅ノ方也。於二天竺一有リトハ
レ縁二於東北ニ一、豈非ス二日本国ニ一哉。」
と述べ、「予拝二見シテ此ノ記文ヲ一、両眼如クレ瀧ノ一身偏スレ悦ヲ。」の法悦に浸るのである。その日本国とは地理的国土でなく、本化菩薩が再誕する「本国土妙」としての宗教的国土である。「賢王」が生ずる国土である。その意味において日蓮聖人は末法という時代設計の中で、
 「日蓮は日本国の人々の父母ぞかし。主君ぞかし、明師ぞかし。」
 「余は日本国の人々には上は天子より、下は萬民にいたるまで三の故あり。一には父母也、二には師匠也、三には主君の御使也。経ニ云ク、即如来ノ使ナリト。」
と、日蓮は「如来使」として主師親の三徳を資質具備と論じている。以上の如来使の再誕する日本国は、鎌倉期に世界覇権する大蒙古国に対し、日蓮聖人は「大日本国」と称号し、蒙古国に対峙した。藻原寺蔵の「無量世界」本尊には、宗祖は「大日本国天照大神、八幡大菩薩等」と、「日本国」に「大」を付し記載するのである。
 大集経の第五の五百歳(末法)に起る闘争を、日蓮聖人は曽谷書に
 「大日本国ト与二大蒙古国一闘争合戦ス。相二当レル第五々百ニ一歟。」
と表現している。
 ─天御中主命  転輪聖王の最高位
妙見尊 軸星 天皇 一字金輪王─賢王
北極星 天帝
 ─虚空蔵菩薩  宗祖の世界統一する転輪聖王観
   明星天子
 
(五)前代未聞の大闘諍と賢王
 日蓮聖人は龍口法難、佐渡流罪により、法華経の説かれた「予言された人」となった。そして今度は、文永九年の自界叛逆難(北条時輔の乱)と同十一年の蒙古来襲の現証により、日蓮は「予言する人」に資質変化、昇化したのである。
 蒙古来襲直後の文永十一年十二月、日蓮聖人は「本因妙顕発」「本地開顕」の曼荼羅本尊を図顕した。十界諸尊のすべてに「南無」を冠し、天照・八幡の両神を「南無天照八幡等諸仏」と記し、日眼女釈迦仏供養事に「天照大神・八幡大菩薩も其ノ本地は教主釈尊也」と述べ、神国日本を「本国土妙」の仏国と釈されている。この保田妙本寺蔵の本尊は、次の点を表している。
㈠久遠の釈尊垂迹の霊的血液が、天照・八幡二神に流れるを、寿量品の「或説己身、或説他身」を以て釈され、日本国「賢王」を追求する基礎理論の図形となっている。
㈡神国日本は本来、「本時ノ娑婆世界」であるべき。本国土として本門戒壇・通一仏土の妙相を現ずるための「菩薩の国」であることを表している。
 人類は世界平和を建設するために「世界最終戦」を経て、既存の文化、宗教、体制を改革し、諸の異質文化を統一すべき歴史的必然性が有ると考えるのは、日蓮聖人、ユダヤ教、キリスト教がある。ユダヤ、キリスト教に於いてハルマゲドン(世界最終戦)の後、神とイエスキリストが降臨し、千年王国を想像する思想がある。日蓮聖人は撰時抄に
 「彼々の国の悪王・悪比丘をせめらるるならば、前代未聞の大闘諍一閻浮提に起るべし。……その時、日月所照の一切衆生(中略)皆頭を地につけ、掌を合はせて南無妙法蓮華経と唱ふべし」
 宗教には、人類の過去における謗法(罪障)を消滅・精算するに、個人的には「懺悔」による方法と、個を超える国家の謗法には、「力の対立」が「生みの苦しみ」として必然であることは、人類・宗教の歴史を観れば判然と理解できる。むなしい事に人類は、「話し合い」による問題解決に至らず、「闘諍」による解決が最終である歴史を知っている。良し悪しは別にして、世界の国家境界線は、西欧の植民地宗主国(戦勝国)が、「戦争」の結果、地図上に引いた線が国境線となり定着した現実がある。法華経安楽行品に
 「譬えば強力の転輪王、兵の戦うて功あるに(中略)財物を与え勧喜贈与す。もし勇健にしてよく難事をなすことあるには、王髻中の明珠を解いて賜わん。」
と言い、降伏せざるを得ない敵対に転輪王を出現させている。蒙古使御書に「(日蓮)此ノ二十余年の間、私には昼夜に弟子等に歎キ申シ、公には度々申せし事是レ也。一切の大事の中に国亡ブるが第一の大事に候也。」と。 国家の危機意識とその救済が日蓮仏教の特徴である。
 開目抄に「例せば三皇已前に父(種)をしらず、人皆禽獣に同ぜしがごとし。寿量品をし(知)らざる諸宗の者ハ畜ニ同ジ。不知恩の者なり……伝教大師は(諸宗ハ)但ダ有レ愛ノミ闕ク二厳ノ義ヲ一。天台法華宗ハ具ス二厳愛ノ義ヲ一」と述べ、「愛」のみの宗教は不完全であり、法華経は「厳と愛」の二義を具す完成された宗教と理解している。「厳」の折伏を現ずる(愚王誡責)時は、本化菩薩が「賢王」として再現することを宗祖は予知しているのである。
①蒙古使御書 一一一三頁
②呵責謗法抄 七九〇頁
③上野殿御返事 一四五一頁
④諸人御返事 一四七九頁
⑤教行証御書 一四七九頁
⑥三大秘法禀承事 一八六四頁
⑦中務左衛門尉殿御返事 一五二四頁
⑧庵室修復書  一四一一頁
⑨四条金吾許御文 一八二一頁
⑩弘安改元事  一四五四頁
⑪教行証御書  一四八二〜五頁
⑫四条金吾  一三七八頁
⑬右 同   一三八四頁
⑭教行証御書  一四八六頁
⑮右 同    一四八八頁
⑯右 同    一四九八頁
⑰右 同    一四八九頁
⑱華果成就御書  一五〇〇頁
⑲霖雨御書  一五〇四頁
⑳日女御前御返事 一五一二頁
富木入道殿御返事 一五二二頁
中務左衛門尉殿御返事 一五二四頁
兵衛志殿御返事 一五二五頁
阿仏房御書  一五〇八頁
立正安国論  二二一頁
右 同    二二一頁
観心本尊抄  七一九頁
撰時抄  一〇四八頁
四条金吾殿御返事 六六一頁
妙法比丘尼御返事 一五六一頁
曽谷入道殿許御書 九〇九頁
右 同      九〇九頁
一谷入道御書  九九六頁
下山御消息  一三三〇頁
曽谷入道殿許御書 九〇九頁
日眼女釈迦仏供養事 一六二三頁
撰時抄  一〇〇八頁
蒙古使御書  一一一二頁
開目抄  五七八〜九頁
 
 
 
バン字の花押
 
ボロン字の花押

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