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現代宗教研究第38号 2004年03月 発行

『折伏教典』考証

研究資料
  『折伏教典』考証
(日蓮宗現代宗教研究所主任) 伊藤立教  

 現在の摂受折伏論争のなかで、「折伏」に対する誤ったイメージをもたせている原因のひとつに、創価学会のいう「折伏」活動がある。
 昭和三十年代に創価学会は、いわゆる「折伏大行進」をおこなった。その強引な布教活動を理論的に支えたのが、『折伏教典』一冊である。
 筆者は、昭和四十年代の在京期に、神田古書店街を歩き、どこの書店の店頭にも山積み一冊百円で売られていた『折伏教典』から、版のちがうものを拾い集め、版のちがいや改訂後の内容の変化を調べてみた。
 改訂で内容がかわるのは当然だとしても、版がかわって内容がかわっているものがあるのにはおどろいた。こういう荒っぽいことをする創価学会への興味から、すこしまとめておこうと思ったのが、当該論文である。
立正大学大学院仏教学専攻修士過程二年在籍当時、立正大学大学院仏教学研究会発行の「仏教学論集」第十一号(昭和五十年二月発行)に発表したものである。既発表論文だが、「折伏」に関心の高まっているいま、研究資料として提供するので、ご活用ねがいたい。
 また、論文末尾に書かせていただいたように、筆者の蒐集していない版の『折伏教典』の貸与・譲渡あるいは閲覧についてご高配たまわりたい。
合掌
『折伏教典』考証
一、『折伏教典』とは
二、『折伏教典』の変遷
三、『折伏教典』逐条的検討
(一)、第五版の目次を追っての対照
(二)、その他
四、『折伏教典』考証総論

   一、『折伏教典』とは

 『折伏教典』は、昭和二六年五月三日の創価学会第二代戸田城聖会長誕生に続いて、同年一一月に教学部編集で初版が発行され、以来、版を重ねていたが、昭和四四年頃に絶版にされている。
 『折伏教典』は、戸田の初版はしがきの文を借りれば、
  昭和二六年五月三日、學會の折伏大行進以来(中略)短期日に教學の大要、折伏理論の會得、學會精神のあり所を知らしむるの必要に迫られ(中略)、教學部が中軸となってこゝに折伏教典完成の日を見るに至りました。この一册を手にする時に日蓮教学の大要明瞭にして、折伏理論の嚴たるものを示して居ります。願わくば行學の諸氏とこの一册を力となし末法折伏の人たらん事を切望してやまないものであります。
という意義・経過をもって作成されたものであり、従って、折伏の実践書として創価学会の歴史の中で、改訂を加えられながら重用されて来たのである。
 本稿の目的は、ここにある。即ち、『折伏教典』が二〇年近い歴史の中で、その内容に訂正変更等の加えられて行く様子を見れば、それが創価学会の歩んで来た歴史を裏付ける資料となるからである。しかもこの資料は、創価学会自身の編になるものであるから、変化の跡が一目瞭然であり、当の創価学会から異論の出るものでもない好資料である。
 この観点から、『折伏教典』の変遷と内容について、今、私の手にある二八種のそれぞれ版の違う『折伏教典』を用いて検討するが、『折伏教典』に関するこの種の調査は、今までの研究に見られぬものであり、事実関係に於て間違いなく挙げられる問題点を出すことで、創価学会研究の新資料として提供することとしたい。

   二、『折伏教典』の変遷

『折伏教典』は、多くの版を重ねている。今、私の手元にある版を列挙すれば、次の通りである。
    版     発行日付(昭和)    本文総頁数
    五版    二八年七月五日     三五五頁
          二九年九月一〇日    三五五頁
    校訂再版  三三年九月一二日    四四五頁
    校訂三版  三六年五月三日     四四五頁
    改訂四版  三九年五月三日     三六四頁
    改訂五版  四〇年一月二日     三六四頁
    七版    四〇年一〇月一二日   三六四頁
    八版    四〇年一一月一七日   三六四頁
    改訂九版  四〇年一二月一日    三六四頁
    改訂一〇版 四〇年一二月二〇日   三六四頁
    改訂一一版 四一年一月五日     三六四頁
    改訂一五版 四一年六月二〇日    三七四頁
    改訂一六版 四一年七月三日     三七四頁
    改訂一七版 四一年一〇月一二日   三七四頁
    改訂二〇版 四二年六月一〇日    三七四頁
    改訂二一版 四二年九月一二日    三七四頁
    改訂二四版 四二年一二月一日    三七四頁
    改訂二六版 四三年九月一二日    四〇〇頁
    改訂二七版 四三年九月一三日    四〇〇頁
    改訂二八版 四三年九月一四日    四〇〇頁
    改訂二九版 四三年九月一六日    四〇〇頁
    改訂三〇版 四三年九月一八日    四〇〇頁
    改訂三二版 四三年九月二二日    四〇〇頁
    改訂三三版 四三年九月二五日    四〇〇頁
    改訂三四版 四三年一〇月一日    四〇〇頁
    改訂三五版 四三年一〇月一二日   四〇〇頁
    改訂三六版 四三年一〇月二五日   四〇〇頁
    改訂三九版 四四年五月三日     四〇〇頁

 編著者については、五版に教学部長小平芳平著とあるのが、校訂再版から同小平芳平編となり、更に校訂三版からは創価学会教学部編となる。
 発行者については、五版に創価学会筆頭理事小泉隆となっているのが、昭和二九年の版名のないものから理事長小泉隆となり、校訂三版から北条浩、改訂四版から原島宏治、改訂五版から森田一哉となる。
 印刷所は、終始、明和印刷株式会社である。発行所は、宗教法人創価学会である。五版にだけ、発売所として聖教新聞社の名が書かれている。
 改訂三版までは戸田城聖監修、改訂四版から改訂一一版の間は池田大作監修と書かれている。
 定価は、五版で二五〇円であったのが、校訂再版から二八〇円である。B6判大で深緑色の表紙という体裁は変化していない。
 初版は、五版の奥付には昭和二六年一一月二〇日、校訂再版から以降は昭和二六年一一月一八日となっている。
 私の所持する一番最近の版は昭和四四年五月三日のものであるが、絶版の版、日付は判然としない。ただ、この昭和四四年の五月一〇日には内藤国夫著『公明党の素顔』(エール出版社刊)が出、一一月一〇日には藤原弘達著『創価学会を斬る』(日新報道出版部刊)が出、昭和四五年二月一〇日には植村左内著『これが創価学会だ=cd=ba52元学会幹部たちの告白』(あゆみ出版社刊)が出るなど、創価学会の言論弾圧・出版妨害に関して世論が沸いた時期が、この『折伏教典』を絶版にする状況であったのだろう。
 創価学会の単行出版物は、小平芳平著『創価学会』(昭和三七年五月一二日初版)でもそうだが、改訂等で大きく内容のかわることがあるため、私は、出来るだけ初版とその後の版を揃えるようにしている。
 本稿で、引用文献の版と年代を明記するよう留意しているのはそのためである。

   三、『折伏教典』逐条的検討

 『折伏教典』は版の種類が多いため、一番古い第五版(昭和二八年七月五日発行)の目次の順を追って、その後の版の各章と対照しながら異同変更を調べてみたい。これだけの種類に目を通す機会はまずないと思われるので、章節名をはじめ、内容についても出来るだけ紹介していくことにしたい。
 章節の名、番号は第五版通りの字体表記とし、その他の版での章節名も、その版の通りの字体表記とする。引用文は原文通りとし、頁数はその引用文の版の頁数とする。総頁数とはその版の本文の総頁数であり、%はその総頁数に占める割合を表わしたものであるから、頁数が増しても%が低下することがあるのは、各版の本文総頁数が皆違うからである。わずかな字句表記の変更が多いので、細かくは取り上げない。
第五版の目次にないものが途中で新設されている場合、その他のところで検討してみたい。

(一)、第五版の目次を追っての対照

総 論

第一章 生命論

 六八頁(総頁数の約二〇%)に亘る生命論は、宗教と生命との関係を、A〜Zの二六項目に分けて説いており、各々の項目名を挙げることは煩雑になるため省略するが、十界・一念三千論等によって、生命は永遠であり、肉体と心を保持して無始無終に連続しており、生命は一念三千の当体で、これを妙法蓮華経と名づけ、自分自身で体得することによってのみ、真に生命の本質を解明し得るのであるから、南無妙法蓮華経の大御本尊を拝して唱題すれば、これを証得することが出来る、と説いている。
 校訂再版になると、この章は三節に分けられ、いずれも戸田の所説であることが明記されている。即ち、第一節「生命の本質論」は、『大白蓮華』第一号(昭和二四年七月一〇日発行)掲載のもの、第二節「法報応の三身常住」は、『御書十大部講義』第二巻『開目抄』上(昭和二八年七月一日発行)所説のもの、第三節「大利益論」は『大白蓮華』第二〇号(昭和二六年一二月一日発行)・同第六四号(昭和三一年九月一日発行)・同第七一号(昭和三二年四月一日発行)・同第七八号(昭和三二年七月一日発行)抜粋のものである。四三頁(総頁数の約一〇%)であるが、この版は、昭和三三年四月の戸田死去後の六月の改訂再版後、九月に校訂再版されたものであり、以前の版が、戸田の名を明記していないことに比べて、一つの区切りを見ることが出来る。但し、論の立て方に大差は見られない。
 改訂二六版からは、三部分構成は同じでもその内容は違って来るようになる。即ち第一節「生命の本質論」は池田の『御義口伝講義』上下の抜粋、第二節「戸田前会長の生命論」は以前と同じく『大白蓮華』第一号掲載のもの、第三節「大利益論」は以前と同じ『大白蓮華』第二〇号掲載のものと、戸田の『方便品寿量品講義』よりの抜粋のものが収録されている。この版は、池田の会長就任以来八年の安定の中で池田独自の印象を与える必要と時代の要請から、唯物・唯心思想の止揚を色心不二の生命哲学が果すことや、オパーリン等の名を挙げて、生命哲学が諸科学に勝ることを説いて現代への適応性を強調する姿勢が見られる。五五頁(総頁数の一〇%強)である。

第二章 價値論

 九頁(総頁数の三%弱)を、第一節「價値論」、第二節「認識と評價」、第三節「價値内容」、第四節「評價法」の四節に分けて、牧口の価値論を簡略に説明している。
校訂再版になると、第四節を十項目に分けて説明を増しており、一六頁(総頁数の四%弱)への増頁もこの部分による。
 改訂四版になると、内容・文章はほとんど同じままで、第一四章に移されている。つまり総論の一番最後の位置に移されているのであり、このことは、価値論の中で述べているように、価値論が生命論に哲学的論拠を与えるためのものであることから考えて、第一章の生命論からずっと離れた位置にあるのは、構成的にも、この価値論自体の持つ意味が薄められてしまうと思われる。この版は昭和三九年五月三日発行、公明党結成を半年後に控える時期で、牧口の価値論を重用しなても済む状況になっていたのであろう。校訂再版と比べて頁数は一三頁と減っているが、これは活字を小さく、行間を狭くしたためで、内容等はかわらない。以下の版も、体裁にわずかな変化があるだけであり、『折伏教典』中で、極めて変更の少ない珍しい章の一つである。

第三章 十界論

 六頁(総頁数の二%弱)を用いて、地獄から仏までの十界こそ、一念三千の中で働く生命を、釈迦が十種類に大別した最高の生命哲学であると説明している。
 校訂再版になると、この十界論は、第三章「一念三千の法門」と題する章の第一節に移され、第二節「十如是」、第三節「三世間」、第四節「事行の一念三千」と続いており、一三頁(総頁数の三%)となる。
 そして前述の通り、改訂四版になって、価値論が移動したため、第二章へ繰りあがっている。以下の版も、内容は全く同じである。

第四章 人生の目的と幸福論

 一一頁(総頁数の四%弱)のこの章から、実践的な内容になって来る。
 改訂四版になって、前述の理由で第三章へ繰りあがる。
 この章の最後に、
  人生の目的は、絶対かつ永遠の幸福を求めるにある。そして、その幸福は成仏という境涯であり、この成仏は、末法の御本仏日蓮大聖人の三大秘法の仏法によってのみ得られることを強く主張するものである。(六〇頁)
とある説明が、この『折伏教典』の現実的な目的にあたると言えるものである。
 以下の版も、改訂二六版から二節に細分してはいるが、内容は全く同じである。

第五章 末法の民衆と日蓮大聖人との關係

 一一頁(総頁数の四%弱)を四節に分けて、釈迦脱仏・日蓮本仏を言い、弘安二年一〇月一二日の総与の大曼荼羅こそ末法の民衆の幸福を願われた御本尊で、今、大石寺にあるのであると言っている。
 改訂四版になると、前述の理由で第四章に繰りあがっただけでなく、章の名称も、「日蓮大聖人と末法の民衆」と変わり、四節の名称も、第一節が「釋迦と我々が關係なき理由」から「釈迦とわれわれの関係」と変わり、第四節が「救世主日蓮大聖人と御まんだら」から「御本仏日蓮大聖人と御本尊」と変わって、より瞭然としたものとなり、内容も理解しやすくなっているが、全体の字数はあまり加減がないままである。ついでに他の節の名称を挙げると、第二節「三種の法華經」、第三節「末法の本佛日蓮大聖人」である。

第六章 宗教批判の原理

 一九頁(総頁数の六%)に説くところは、伝統の教判による日蓮正宗教学の位置づけであり、末法現代に於ては、正宗教学が最高位であるとしている。第一節「五重の相對」、第二節「文證理證現證」、第三節「教機時國教法流布の先後」の順に説いている。
 校訂再版では、教判の種類が増し、頁数も二四頁(総頁数の六%)と増し、教判の順序も、第一節「文證・理證・現證(三證)」・第二節「教機時國・教法流布の先後(五綱)」・第三節「五重の相對」・第四節「五重三段・四重興廢・三重秘傳等」と変更している。第四節は、説明自体も軽く、列挙したにすぎない扱いであるが、教判を宗教批判の原理と言うところに『折伏教典』独自の姿勢が見られ、この章をふまえて、肝心の本尊論が後の章で詳説されることになる。
 以下、改訂四版・改訂二六版等に字句の変更や多少の文章の変更が見られる。改訂四版で、第五章に繰りあがっている。

第七章 日蓮正宗と日蓮宗各派の批判

 二九頁(総頁数の八%強)の本章は、第一節「日蓮正宗」に於て、日蓮正宗が、釈尊以来の『法華経』の正系であることを言い、第二節「日蓮正宗一致派」に於て、身延離山及び當時の情勢・=cd=70b6身延の教義と本尊・池上と中山・不受不施派同講門派、第三節「日蓮宗勝劣派」に於て、本門法華宗舊八品派・=cd=70b6佛立宗・顯本法華宗・法華宗・=cd=70b9本門宗、第四節「新興宗教」に於て、靈友會・=cd=70b6立正交成會及びその他・國柱會その他の項目別に、それぞれの教義沿革を概説して批判している。即ち、一致派は本迹に迷い、勝劣派は文上脱益に執着して文底下種を知らず、新興宗教に至っては、御題目を看板にしたインチキ宗教であるとしている。創価学会は、自らを新興宗教ではないとし、その伝統を日蓮正宗と一体であると誇示しているが、日蓮正宗と創価学会の関係は、この章をはじめ、『折伏教典』中に明示されていない。創価学会作成の『折伏教典』ではあるが、その内容は日蓮正宗の『折伏教典』である。
 校訂再版になると、前版になかった五時八教による諸宗の分類と、天台宗・真言宗・浄土宗・浄土真宗・禅宗・南都六宗の批判の部分が、それぞれ第一節「釋迦一代の佛教」・第二節「諸宗教の批判」として、第七章「釋迦一代の佛教と諸宗派の批判」という新しい章を構成して、第八章「日蓮正宗と日蓮宗各派の批判」に関連した既成仏教諸宗派批判を説いている。従って、この第七・八章を内容的に前版の第八章の内容拡大とみると、三七頁(総頁数の九%弱)に増している。第八章も、第二節に京都の一致派に関する批判の一項目を加え、第四節に日本山妙法寺・大乗教に関する一項目を加えているほか、全体の批判量が多くなり、内容も詳しくなっている。又、前版では明示されていなかった日蓮正宗と創価学会との関係が、この版の各論第五章から明示されるようになる。その説くところは、創価学会は日蓮正宗を利用して教勢拡張をはかって、やがては一派独立の野望を持つ新興宗教であるという批判は甚だしい誤りで、日蓮正宗の良き檀那・信者として忠誠を尽し、日蓮大聖人の御遺命実現に努力するものである、という点である。確かに、大石寺の整備や諸施設・末寺の建立等、有無両形の支援をしており、昭和三七年三月三日には池田が法華講大講頭に任ぜられているなど、『折伏教典』の説く通りであるが、前述のような批判が早い時期に出て来ていることも、この両者の関係の実際を知ろうとする時に心がける必要がある。
 改訂四版になると、更に構成が整備され、前版各論第六章「外道及び民間信仰」が内容的に他宗派・他宗教批判という点で関連があるためか、総論第八章に移って来ている。即ち、第六章「釈迦一代仏教と日蓮正宗」=cd=ba52第一節「釈迦一代の仏教」・第二節「正像末の三時」・第三節「日蓮正宗」、第七章「既成諸宗派と日蓮宗各派の批判」=cd=ba52第一節「既成仏教諸派の批判」・第二節「日蓮宗一致派」・第三節「日蓮宗勝劣派」・第四節「新興宗教」、第八章「外道および民間信仰の実態」=cd=ba52第一節「神さまの実態と霊魂説」・第二節「迷信と魔の通力」・第三節「おもな邪宗教の批判」というように展開するのである。ここに到って、諸宗教批判は一貫した体裁でまとめられ、一一五頁(総頁数の三二%強)となって、『折伏教典』中、最も頁数を割いている。批判されている教団は、これまでに名を挙げたもの以外に、孝道教団・日本神道・キリスト教・天理教・金光教・生長の家・三五教・道徳科学(モラロジー)・PL教・メシア教等であり、俗信として、稲荷・鬼子母神・不動・地蔵・観音・帝釈・荒神・金刀比羅・恵比須・大黒・七福神・山の神等を信仰することも批判し、又、霊魂説・迷信・占い(人相・手相・骨相・姓名判断・家相・墓相・方位・易等)も批判している。

第八章 日蓮正宗の歴史

 六頁(総頁数の二%弱)に、日蓮正宗の沿革が述べられている。
 校訂再版では、大石寺第九世日有と第二六世日寛の中興二祖の説明が多くなっている。
 改訂四版になると、前版までが、明治四五年五七世日正の時の日蓮正宗公称に至るまでの記述があったのに対し、この版からは、大正から昭和・戦時中を経て、昭和三九年四月一日の大客殿落慶までを記述している。この版から、この章は第九章となる。
 七版になると、前版と全くかわらないが、最後の記述に変化がある。今、前版末尾を引用すると、
  世紀の大客殿は世界各国の資材で造られているが、世界各国の指導者が大石寺の門をくぐるのは果していつの日であろうか。(二一二頁)
と記述されているが、この版では、
  世紀の大客殿は世界各国の資材で造られているが、日蓮大聖人の世界広布の御予言どおり、必ずや世界各国の指導者が大石寺の門をくぐるの日が来るのである。(二一二頁)
と確信に満ちている。世界各国の指導者がどのような形で大石寺の門をくぐることを期待しているのであろうか。それは、この版の第十一章第三節「宗教革命と世界平和」にある。
  この真実の三大秘法の仏法を根拠として全世界に流布するならば、すなわち、この秘法をもって宗教革命をなすならば、全世界は絶対に平和にならざるをえないのである。(二三三頁)
の説にもあるように、創価学会がもっと勢力を持って、大石寺大曼荼羅につながる御題目を唱える人が増すこと、即ち、各国指導者もその教化を受けること(実質的か形式的かは別としても)なのではないだろうか。
 改訂二六版では、改訂四版以来増して来ている創価学会についての記述、特に現池田会長の業績に関する記述が増している。特に昭和四二年一〇月一二日の正本堂建立の発願式のことを記し、
  宗門にとって七百年来の念願であった本門戒壇は昭和四十七年に建立される。(二三三頁)
と締め括っている。奉安殿の義の本門戒壇ではなくて、事の本門戒壇が建立されるというのである。(義・事については、創価学会教学部編『日蓮正宗教学解説』昭和三八年六月一日初版一九〇頁参照。)しかし、池田が、
  民衆も指導者も、すべて日蓮正宗富士大石寺の大御本尊に帰依し、国民の総意によって本門戒壇を建立する以外には楽土日本を建設する道はないと確信する。(池田大作著『政治と宗教』昭和三九年一二月七日再版二二三頁)
と言っている国民の総意とは、正本堂が完成した今日、何を意味しているのか。創価学会教学部長参議院議員小平芳平が、
  誤まった本尊を破折して正しい本尊を流布し、しかる後に、民衆の総意によって本門の戒壇を建立するのが創価学会の活動の姿なのです。(小平芳平著『創価学会』昭和四十三年三月二〇日改訂一四版一六五頁)
という意味は、本門の戒壇建立は創価学会活動の最終目標であり、事実上の広宣流布が達成された時に建立されることではないのか。ところが、昭和四五年の教学部による『創価学会入門』になると、
  大聖人の仏法になっては、戒壇とは、全世界の人々の懺悔滅罪の道場であり、全人類が平和を祈願する根本道場(同書昭和四十五年六月一二日第八刷二三九頁)
  本門の戒壇、すなわち正本堂が世界の全ての人、すなわち、国家の最高権力者から、一般の人々にいたるまで、言語、風俗、習慣、人種等の全てを越えて、人類の恒久平和のために参詣すべき、根本道場である(同三三五頁)
と、一般的見解のようになる。そうでないなら、正本堂に参集する人は皆、御題目を受持する日蓮正宗信者でなければならない。南無妙法蓮華経の事の本門戒壇を期待する者のための正本堂でなく、世界平和のための正本堂であるとすることで、既に着工してしまった正本堂の建立を意味づけたのである。国民の総意・民衆の総意は、「平和」を願う総意であって、「万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉る」総意ではない、と解釈して一般に受け入れられる形としたのである。
  インドの釈尊によって説かれた仏法は、日蓮大聖人によってより本源的に、完璧に打ち立てられました。その大聖人の仏法も、この正本堂の完成をもって、三大秘法は成就し、完璧となるのです。すなわち、正本堂の建立こそ、三千年来の仏法の総仕上げであり空前の大偉業なのです。(同三三六頁)
という言い方は、表現の差こそあれ、どこの教団・宗教もが、自讃に用いる言い方である。つまり当事者が自讃する程には第三者は受け取めていない。一閻浮提総与の大御本尊が正本堂に安置されても、未曽有最高と思われる不可思議な大功力は顕われないのか、時代は平和に逆行していくように思われる。この項、長くなったが、戒壇論については、国立戒壇も含めて多くの問題を有するため、ここでふれた次第である。国立戒壇については、後にふれる。

第九章 日蓮正宗の本尊

 一三頁(総数の四%弱)の中で、第一節「本尊論」・第二節「日蓮正宗の本尊」・第三節「本尊の功徳(利益)」・第四節「此の本尊にそむく者に罰あり」に亘って、富士大石寺の弘安二年一〇月一二日の御本尊こそ世界唯一の本尊であり、日蓮正宗は最高唯一の宗教であると述べ、反対価値として、この本尊に背く者には罰があるとしている。
 校訂再版から、第一〇章となる。
 改訂四版から、章名が「三大秘法の本尊」と改められるが、節・内容にほとんど変化がない。

第十章 宗教革命と日蓮正宗

 一四頁(総頁数の四%弱)を、第一節「仏教の誕生とマルチンルーテル」・第二節「日蓮大聖人と宗教革命」・第三節「宗教革命と世界平和」に分けて、釈迦・マルチンルーテル・日蓮大聖人は、それぞれ宗教革命のために出現したのであり、今、創価学会がこの三大秘法の仏法を全世界に流布し、宗教革命をするなら、絶対に平和になると主張している。信不信に拘らず、今日の日本に御題目を知らぬ者はなく、従って題目こそ広宣流布しているが、三大秘法の内、戒壇が建立されていないので、七〇〇年の絶えざる宗教革命についても、この戒壇が必ず建立されて真実の広宣流布となるのであると説く中で、国立戒壇の語が見られる。
  三大秘法とは南無妙法蓮華経の題目と大聖人出世の本懐たる南無妙法蓮華経の本尊と三大秘法鈔定義による国立の南無妙法蓮華経の戒壇である。(一七八頁)
という部分である。
 これが昭和三十九年の改訂四版になると、
  三大秘法とは南無妙法蓮華経の題目と、日蓮大聖人出世のご本懐たる南無妙法蓮華経の本尊と、三大秘法抄の定義による南無妙法蓮華経の本門の戒壇である。(二二八頁)
となって、国立戒壇が本門戒壇と改められている。この版になるまでの版には、国立戒壇の語は、この章の外、各論第五章第一節「南無妙蓮華経とは何ぞや」に、
  (本門の)事の戒壇とは国立の戒壇である。国中の信仰の中心となる場所である。(二九六頁)
とある箇所に見られるのであるが、この版よりは、この各論第五章第一節もなくなってしまい、以後は、この版第一三章「王仏冥合と第三文明」に、
  個人も、家庭も宗教革命を成しとげ、大御本尊の功徳を証明していけば、やがて全国民の総意において、国家鎮護の根本道場としての本門戒壇が完成するのである。(二五〇頁)
とあるように、国民の総意・民衆の総意によって本門の戒壇を建立するという表現となることは、第八章の項で見た通りである。
 なお、この章は校訂再版から第一一章となり、改訂二六版から第一二章となる。この改訂二六版の最後には、王仏冥合によって立正安国が再現されて平和な社会となるという文が加えられ、次の第一三章「王仏冥合と第三文明」への導入部となっている。

第十一章 折伏論

 一五頁(総頁数の四%強)を用いて、本書の眼目である折伏の意義・心得を述べている。第一節「折伏の意義」には、折伏の行がないと成仏出来ないのが今日の信心の状態で、これは自己の成仏だけでなく、世を救う大業であり、折伏こそ信心であると説き、第二節「折伏は難事の事」には、五濁悪世に於ては折伏は難事であると説き、第三節「折伏の大利益」には、折伏を行じて悪口を言われることが多い程罪が早く消滅するのであるから、信仰による利益を得んとすれば、折伏以外にはないと説き、日蓮正宗内の墓檀信者達は誤った信仰をしたり、折伏をしないで大利益を実証していないと判断し、第四節「折伏の心掛」には、折伏は慈悲の立場で絶対の確信をもって説き、諍論するのは大聖人を汚すことを銘じ、御利益の乞食信者とならず、罰と利益を実証として大法の威力を示すのであると説いている。
 校訂再版から第一二章となり、内容もより具体的に改められ、節名もそれぞれ、「折伏とは何か」「折伏は難事である」「折伏の大利益」「折伏の心がけは」と、平易になっている。
 改訂二六版になると、第一一章に戻り、池田会長の陣頭指揮で大折伏が全世界に敢行されているということが強調されるなど、理解しやすいように工夫されている。

各 論

第一章 信仰に無關心な者に

 一六頁(総頁数の四%強)を、第一節「信仰する氣持ちが起らない」・第二節「信仰の必要を認めない」・第三節「信仰する程の悩みがない」・第四節「信仰すれば幸福になるとは考えられない」・第五節「現在は幸福である」・第六節「さわらぬ神にたたりなし」に分けて、邪宗をさけて日蓮大聖人の真実の仏法に入らない者は、人生で大損をする者であると説いている。
 以後の版は、少しずつ表現内容が違うものの大差はない。

第二章 信仰に反對の者に

 二三頁(総頁数の六%強)を、第一節「そんなよい信仰ならもっと弘まる筈だ」・第二節「信仰は反對である」・第三節「信仰は嫌いである」・第四節「宗教は迷信である」・第五節「信心はこりごりだ」・第六節「罰があると云う事がわからぬ」・第七節「御利益を願うのはおかしい」・第八節「御利益があると云う事が納得出來ぬ」に分けている。
 校訂再版では、前版での第一節が、第一節「日蓮正宗はなぜ昔から弘まらなかったか」・第二節「創價學會はなぜ弘まったか」に分かれて詳しくなり、前版の第三節の文章全部が削られてしまっている外は、ほとんど同じである。
 改訂四版になると、前版での第一節全部が削られて、第二節以後がそれぞれ一つずつ繰りあがった節となる。
 改訂二六版になると、第一節が「創価学会について正しく認識していない人」と改められて、池田会長中心の表現に全く変えられている。

第三章 他の信仰に關心を持つ者に

 二〇頁(総頁数の五%強)を、第一節「信心は何でもよいので他宗をけなすのはよくない」・第二節「信仰は心が滿足すれば良い」・第三節「迷いを當てゝくれるから有難い」・第四節「御題目を唱えればそれで良い」・第五節「眞筆ならなんでもよい」・第六節「大聖人の繪像を拜んでいるからよい」に分けている。
 校訂再版で、第六節が「大聖人の繪像木像を拜んでいるからよい」と改められた外は、以後の版もほとんど変更がなく、富士大石寺の大御本尊を拝まないものは総て謗法である、と断じている。

第四章 求めている者に

 三七頁(総頁数の一割強)というのは、各論中で最も多い頁数であり、折伏の具体的過程で言えば、成就まであと一足という段階での対処の仕方を記しているため、各節に挙げられている点が、実際生活の上で争点となっている問題である。第一節「他の宗教とどう違うか」で、他宗は本尊の確立していない邪宗であるという点、第二節「一番良いのはどういうわけで」で、苦悩に答えられるのは日蓮正宗だけであるという点、第三節「先祖からの宗教をすてるわけ」で、先祖が小利益に迷った宗教は日蓮正宗に比べれば悪で不幸の原因であるからそれを捨てることこそ先祖への真の供養であるという点、第四節「神棚やお札を取るわけは」で、諸天善神は法華経守護の者でしかも神天上法門に言う現状であるから残っているのは悪鬼神であるため捨てねばならないという点、第五節「科學と宗教とはどういう關係か」で、真の宗教とは生活全般に一つの例外もなく必然的となる超科学であるという点、第六節「日蓮宗の事を聞き度い」で、大聖人より血脈相承の日蓮正宗は正・勝で幸福生活、その他は邪・負で不幸生活であるという点、第七節「邪宗という意味は」で、邪宗は低級で奸智にたけ偽善で白痴であるからその民族は滅びる外ないという点、第八節「信ずるということ」で、大御本尊に御題目を唱えることが信で、その他は不信であるという点、第九節「何故御本尊を拜むのか」で、絶対無上の幸福を末法の人々に授ける唯一の手段は大御本尊であるという点、第一〇節「納得出莱る迄聞き度い」で、文理現証による利益と罰の体験談から判断すれば日蓮正宗が一番正しいという点、第一一節「わかったら實行する」で、信じて行ずる以外わからないから利益と罰の現実で判断するのが一番早道であるという点、第一二節「罰が出たらやる」で、暴言を吐く前に自分の限度を考えてすなおに入信するのが正しいという点が、折伏の現場で一般的に用いられる論法である。
 校訂再版では、第二節が「一番よいというわけは」、第八節が「信ずるということを具体的にいえば」と改められただけで、以後の版もほとんど変化がない。

第五章 正宗の信者に

 一二頁(総頁数の三%強)で、第一節「南無妙法蓮華經とは何ぞや」・第二節「謗法と云うこと」・第三節「折伏をしなければならないのは」・第四節「三法律と云うのは何か」に分けて言うところは、三大秘法流布のため、正宗の信者は仏の本眷属たる自覚をもって折伏をするのであり、仏法律を護るため世間法律に背かねばならぬこともあるという点である。
 校訂再版になると、四つの節の前に一節が新設され、従来のものは第二節から第五節となる。新設された第一節「日蓮正宗と創價学会との関係」は、実力がついて主導性を自覚し始めた創価学会を位置づけるためのものである。この節の最後の、
  釈尊の予言は、もったいなくも日蓮大聖人様の御出現によって実証され、日蓮大聖人様の御命令は、恩師戸田先生の出現、すなわち創価学会の活動によって虚妄でなくなるのである。戸田会長が逝去された今日、生命の続く限り御本山への忠誠をつくされた御心をうけつぎ、先生の御遺命を虚妄ならしめぬよう、ただひたすら広布実現を目指して折伏に邁進し功徳の大海に遊戯し、創価学会の大精神に生きぬくのが真の日蓮正宗の信者であり、かつ宗祖日蓮大聖人の真の御弟子なのである。(三六九頁)
の文を、右の見解の根拠としたい。
 改訂四版になると、前出引用文は池田会長の名のある文にかわり、章名が「入信した人のために」と改められ、第一節のあとに、新しく第二節「公政連と創価学会との関係」が加筆され、前版で第二節であった国立戒壇論のある「南無妙法蓮華経とは何ぞや」が全文削除され、第五節であった「三法律と云うのは何か」が全文削除されて、第五節「勤行の仕方」・第六節「海外における信仰活動」が新設されている。第二節は、昭和三六年一一月結成の公明政治連盟との関係を王仏冥合達成のためと述べ、第五節では、具体的に勤行の仕方を述べ、第六節では、海外での創価学会の様子を述べている。
 改訂五版では、昭和三九年一一月の公明党結成を受けて、第二節が「公明党と創価学会との関係」に改められている。
 改訂一五版になると、前版で二頁であった第五節が一二頁に増して、(一)根底に仏法理念・(二)公明党は唯一の宗教政党・(三)舎衛の三億の原理・(四)信教の自由、の細目に分けて詳述され、第五章は二七頁(総頁数の七%強)と大幅に増頁されている。

第六章 邪宗教の正體

 四九頁(総頁数の一四%強)を使って、第一節「天理教」・第二節「世界救世教」・第三節「PL教團の實態について」・第四節「靈友會」・第五節「立正交成會」・第六節「孝道會の實態」・第七節「日本神道」・第八節「キリスト教」・第九節「靈魂説について」のそれぞれを批判している。
 校訂再版になると、章名が「外道及び民間信仰の實態」と改められ、第一節「神様の實態と靈魂説」・第二節「迷信と魔の通力」・第三節「主な邪宗の批判」に分けて六四頁(総頁数の一四%強)と増頁されている。
 ここで新しく批判されている教団は、金光教・生長の家・三五教・道徳科学(モラロジー)・俗信(稲荷・鬼子母神・不動・地蔵・観音・帝釈・荒神・金比羅・七福神・山神・海神等)・占い(人相・手相・骨相・姓名判断・家相・墓相・方位・易)である。
 改訂四版になって、総論第八章全文が移ることについては、総論第七章の項で検討した通りである。
 総じて、総論は折伏の理論体系、各論は折伏の実際場面での対処の仕方を記述したものと言える。

(二)、その他

王仏冥合と第三文明

 改訂四版から第一三章として新設された章で、五頁(総頁数の一%強)に亘って、王仏冥合とは一国の政治が日蓮大聖人の正しい仏法と冥合することを言う理想政治であり、第三文明とは、このような社会での文明を言うと説いている。公明会(昭和三七年結成)によって王仏冥合を実現すると明言している。ここで引用されている戸田の「王仏冥合論」は、
  世界の民衆が喜んでいける社会の繁栄のなかに、各個人もまた喜んで生きていけなければなるまい。それが王仏冥合の精神である。(二五一頁)
であるが、主張の中心は実は、
  われらが政治に関心をもつゆえんは、三大秘法の南無妙法蓮華経の広宣流布にある。すなわち、国立戒壇の建立だけが目的なのである。(昭和三五年五月三日初版「戸田城聖先生巻頭言集」所収「王仏冥合論」二〇四頁、「王仏冥合論」は昭和三一年八月大白蓮華六三号から昭和三二年四月大白蓮華七一号まで掲載されたもの)
であり、池田はこれをうけて、
  (三大秘法稟承事の)「勅宣並に御教書を申し下して」(三大秘法抄一〇二二ページ)「御教書」というのは、今でいえば国会の議決、選挙なのです。日蓮大聖人様がおおせになっているのです。(中略)やりたくないと思っても、日蓮大聖人様のご命令ですからどうしようもないのです。(昭和三七年一〇月一二日初版「会長講演集」第七巻所収「広宣流布の使命」二九頁、「広宣流布の使命」は昭和三七年五月一〇日発表のもの)
と言っているように、広宣流布とは、選挙による多数の支持をうけた国会の議決で国立戒壇を建立することであるというのが、この時期、即ち、昭和四二年一月の衆議院進出までの王仏冥合への姿勢である。
 改訂二六版になると、前版での「王仏冥合論」・「三大秘法稟承事」・「身延相承書」等の引用文は削除され、王仏冥合とは、人間革命から社会革命への実践であり、仏法民主主義・中道政治が公明党のめざす政治であるとして、公明党の掲げる「中道政治で平和と繁栄の新社会」の目標なるものを紹介している。第三文明の説明も、創価大学・高校・中学の発足を挙げるなど、全面的に書き改められている。

四、『折伏教典』考証総論

 以上の検討を踏まえて、『折伏教典』全体について見てみたい。
 昭和二七年四月二八日に、創価学会版『新編日蓮大聖人御書全集』が発行されたことによって、校訂再版から、この全集によって引用されている遺文の頁数が明記されるし、山喜房版『富士宗学要集』の引用頁数も明記されているなど、振り仮名の多いことなども含めて、実用書としての心遣いが細かい。
 牧口は「価値論」、戸田は「生命論」がそれぞれを代表するものとするなら、池田は、『折伏教典』から見るなら、さしずめ「王仏冥合論」が特徴として挙げられるが、『折伏教典』二〇年の歴史は、この三代の変化を捉えている。つまり、比重が徐々に後者に移って来ているのである。
 これに対応して、例えば、初期に東洋広宣流布の語がしきりに見られたものが、最後期には、世界広宣流布・世界平和実現の語が中心となってきたり、国立戒壇の主張が影をひそめて、民衆の総意による本門事戒壇(=民衆立戒壇)の主張ばかりになり、従来のある意味で非常に具体的であった内容が、科学・平和・第三文明等の抽象的表現が増して来たことによって一般化して来たことなど、政治に関わる王仏冥合の姿勢を打ち出したために、世間一般に理解されなければならない必要を生じた結果であると思われる。
 これ以外にも、公明党の問題などもあるし、日蓮正宗妙信講が、国立戒壇論厳守の立場から、「池田が、政治上の必要から国立戒壇論を放棄したのは、仏法の破壊・歪曲である。」と、近年来、創価学会を批判していることも、種々の意味で考えねばならない問題であるが、本稿の目的として、『折伏教典』一冊から、以上のことを指摘するに留めたい。
 本稿は、『折伏教典』一冊を文献考証する方法を用いているため、約四〇種以上の版があると予想される『折伏教典』の内、初版・絶版を用いていないこと、二八種の版しか用いていないことで完璧とは言えない。大要は、以上で検討したことと変わるとは思えないが、慎重を期すため、決定稿ではないと断っておきたい。
 ついては、私の所持している以外の版の『折伏教典』を所有されている方御存知の方があれば、是非、御連絡頂きたい。譲渡あるいは拝借させて頂ければ、望外の幸せである。

 

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