ホーム > 刊行物 > 教化学研究(論集) > 教化学研究2 現代宗教研究第45号別冊 > 葬儀を考える─現状について

刊行物

PDF版をダウンロードする

教化学研究2 現代宗教研究第45号別冊 2011年03月 発行

葬儀を考える─現状について

葬儀を考える─現状について

原 一 彰

0 はじめに
 現宗研では、本年二月の教団論セミナーにおいて「葬式仏教」をテーマとして取り上げ、更に先般の中央教研でも、最近広く使われるようになった「無縁社会」をテーマとし、その中で「葬儀」に関す議論も交わされました。
 葬儀を取り巻く環境は大きく変化してきています。その背景としては、人口構成など社会構造の変化、経済問題、宗教や寺院、僧侶、そして葬儀そのものに対する社会の認識の変化など、多くの問題が挙げられます。
 この報告では、そのような葬儀を取り巻く環境の変化について、問題点の整理を行います。

1 信仰・葬儀に関わる支出は減少傾向にあります
1─1 人口減少と高齢化が進みます
 まず、人口減少と高齢化の進展についてお話しします。
 日本の人口は二〇〇四年をピークに減少に転じ、今後は長期的に減少していくことが予測されています。人口減少の原因は、出生率が、現状の人口を維持できない水準まで低下していることと、高齢化の進展により、今後急速に死亡者数が増加することです。出生率低下の原因としては、晩婚化、非婚化、生涯における出産数の減少などが挙げられますが、これらの傾向は、昭和の初めから長期的に続いています。更に近年では、核家族化の進行により、保育園などの福祉サービスが充実していなければ養育環境が整わないといった現状もあります。
 また、高齢化については、日本は一九七〇年に六五歳以上の人口比率が七%を超えて高齢化社会となり、一九九四年に一四%を超えて高齢社会となりました。この高齢化の進み方は、世界で最も急速なものです。その原因は、高度経済成長期に、平均寿命が大幅に伸びたことと、一九四八年の優生保護法によって人工妊娠中絶による産児制限が行われ、出生率が大幅に低下したことであると言われています。
 先進国で日本と同様に高齢化のスピードが早いのはドイツです。ドイツにおいては、第二次大戦後、労働者不足により移民の受け入れを推進しましたが、社会的な軋轢が増大し、その後急激な移民の流入規制を行ったことが原因です。また、中国においても、一人っ子政策を原因として、将来的に急激な高齢化が進むことが予想されています。

1─2 急激な高齢化への対応が急がれます
 さて、日本における人口減少と急激な高齢化は、どのような影響を社会、経済に及ぼすでしょうか。
 経済的には、主として一五歳〜六四歳までの生産年齢人口が減少することに伴い、長期的に低成長時代が継続するものと予想されます。
 生産年齢人口を維持し、経済成長を続ける為には、今後少子化の進行を抑制しながら、女性の就業率を高めなければなりません。更に、クリアすべき課題は多々ありますが、海外からの移民の受け入れも視野に入れなければなりません。この場合、短期間の出稼ぎでは一時的に労働力を補充する意味しかありません。検討すべきは、日本に永住する移民です。
 また、高齢化が急速に進むことは、社会的政策の対応が状況の変化に追いつかない事態をもたらし、年金や医療保険、その他の福祉サービスなどが維持できなくなる問題が生じます。急速な高齢化は当面避けられない現実ですので、特に福祉と産業の分野において、政策の転換を大至急行う必要があります。

1─3 葬儀件数は一時的に増加しますが、信仰・葬儀関連支出は減少します
 次に、葬儀に関する経済的な問題に触れます。
 人口の将来推計によれば、死亡者数は二〇四〇年まで増加が予想され、葬儀件数の増加が見込まれています。しかし、少子高齢化の進展により、送る側の人数が減少し、従来の葬儀の規模を維持することは難しくなっています。また、長引く不況により個人所得は減少し、地域間の経済格差も広がり、個人支出が抑制される中で、特に信仰・葬儀に関わる支出が減少しています。
 したがって、当面の一時的な葬儀件数の増加が、寺院経営の安定化に寄与すると考えるのは難しい状況にあります。むしろ、長期的な経済不況が予想される中、葬儀に限らず、信仰に関わる支出全般の減少が続き、寺院経営の不安定化が進行するものと予想されます。

2 葬儀の形態が多様化しています
 次に、葬儀の形態の多様化についてお話しします。
 葬儀は長らく仏式が九五%前後となっていましたが、二〇〇七年に初めて九割を下回りました。
 また、「無縁社会」という言葉が登場したように、個人と社会の関わりの希薄化が進んでおり、家族葬が増加するなど、葬儀の多様化や小規模化が進んでいます。葬儀を行わず、遺体を直接火葬場に送る「直葬(ちょくそう)」という形態も増えており、首都圏では三割に達していると言われています。
 更に、大手小売業で全国一律の葬儀・戒名の料金表が提示されたり、大都市圏では葬儀業者の下請けとして派遣型のフリー僧侶の活動が広がっているなど、葬儀の商品化が進行しています。
 葬儀の多様化の現状について、詳細は、現宗研の教団論セミナー、及び中央教研の報告をご参照ください。また、本日午後のシンポジウムにおいても詳しく議論されるものと思います。

3 葬儀の意義・在り方が問われています。
 次に、葬儀の意義、在り方の問題についてお話しします。
 葬儀を取り巻く環境の変化は、大都市圏を中心に進んでいますが、地方における人口減少と地域経済の疲弊を考えると、地方圏にも、今後急速に広がっていくことが予想されます。
 「無縁社会」と言われる社会の中で「縁」を再構築する上でも、葬儀の重要な存在意義は失われていません。私たち僧侶は、葬儀の本来的な意義を世の中に的確に伝えて行く必要があります。

4 葬儀を取り巻く現状についての私見
 最後に、葬儀を取り巻く現状について、若干の私見を述べたいと思います。
 葬儀を取り巻く環境変化の背景には、社会・経済構造の変化、社会認識の変化と同時に、葬儀や寺院、僧侶に対する不信感が根強く横たわっています。我々僧侶は、葬儀の在るべき姿を守るとともに、世の中に拒絶されない葬儀の在り方を改めて考え直すべきではないでしょうか? また、政府において宗教法人への課税までもが検討される中、我々は、寺院会計の明朗化や、僧侶個人の生活態度の見直しを進める必要があるのではないでしょうか?
 一方で、葬儀を取り巻く様々な環境の変化を我々教師の立場から見る際には、寺院の経営、維持の為の対応といった消極的な側面ばかりではなく、少子高齢化の背景となっている、家族や地域の崩壊や、妊娠中絶など生命倫理の問題などへの対応や、今後急速に増える死を迎える人々、及び死者を送る人々への心のケアなど、多くの面で社会に対し正しい教えを説いていくという、積極的な側面を忘れてはならないと考えます。また、経済成長のために女性の社会進出が必要とされるのであれば、家庭や育児との両立、新しい家庭の在り方などについても、対応を考える必要があります。
 現代社会の問題の多くは、それぞれに複雑な背景を持ってはいますが、人と人とのつながりよりも、個人の自由を優先したいという欲求が背景となっている問題が多いと思います。核家族化は、親子や嫁姑のしがらみからの逃避、地域における孤立は近所づきあいの煩わしさからの逃避、最近増えている恋愛のできない草食系男子は男女関係の煩わしさからの逃避、非婚や離婚は夫婦関係からの逃避、引きこもりは社会的人間関係からの逃避、育児放棄は子育てからの逃避、といった側面を、それぞれ持っています。
 このことは、戦前の行き過ぎた家族制度や、隣組など、最終的には戦争遂行のための国家統制の手段となっていった厳しすぎる仕組みへの、戦後の大きな反動の顕われであることは確かです。
 しかしながら、我々一人一人の存在は、本来的に他の人々との「縁」、社会との「縁」、国土世間との「縁」によって成り立っているものです。その縁は断ち切ろうとしても断ち切れるものではなく、無理に「無縁」であることを貫こうとすれば、必ず大きな歪みを生じます。不自然で強圧的な「縁」も幸せには繋がりませんが、不自然で独善的な「無縁」もまた、本当の幸せには繋がりません。
 他者との関係で生じる煩わしさからの逃避は、言い換えれば、娑婆世界から逃避して、極楽浄土への往生を願う立場に通じるのではないでしょうか。一時的な逃避による幸せは、本当の幸せではありません。本当の幸せ、安らぎは、人間関係の煩わしさの中にこそ、見出せるものであり、また成り立つものだと考えます。
 家族葬についても、遺族の経済状況を無視した過大な負担を強いることは厳に避けなければなりませんが、葬儀に関わる様々な煩わしさからの逃避という考え方があるのであれば、葬儀というものが、故人との「縁」を再確認するだけのものではなく、社会との「縁」、そして佛様との「ご縁」を確かめる場であることを、正しく伝え、導く必要があるでしょう。
 立正安国という目標実現のために、我々は社会に対して「縁」の大切さを説き続けなければなりません。他者との「縁」、社会との「縁」、そして佛様との「ご縁」の大切さを、説き続けなければなりません。そのためにも、葬儀に対して心を込めて取り組み、佛様の教えを正しく伝え、世の人々の心に安らぎを与えて、信頼を取り戻さなければならないと考えます。

〈参照資料〉
・国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料」
・経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」
・総務省「家計消費動向調査」
・(財)日本消費者協会「葬儀についてのアンケート調査」
・松谷明彦「「人口減少経済」の新しい公式」(二〇〇四年:日本経済新聞社)

以上

PDF版をダウンロードする