教化学研究2 現代宗教研究第45号別冊 2011年03月 発行
寺庭婦人の位置付けと役割
寺庭婦人の位置付けと役割
一、子弟教育に関わる寺庭婦人の役割
明治五年の太政官布告の「僧侶の肉食妻帯勝手足るべし」から百四十年近く経った今日に於いてもまだ、真宗以外の出家仏教教団はこれまで戒律・宗規に反すると、様々な議論が重ねられたが結論が出ないまま有耶無耶になっている。結果として僧侶は寺庭婦人をどのように認めるかではなく、寺庭婦人はどうあるべきかという問題へとすり替えられていって、寺庭婦人たちの教団での位置づけや権利があいまいなままになっている。私は常々、宗門は寺庭婦人の存在を明確にし、宗制を変更すべきであると思っている。
今回、教団プロジェクトで子弟教育のあり方や僧侶としての資質を考えたとき、寺庭婦人の仏教や宗門、寺院に対する理解と協力は不可欠である。伝統仏教寺院の大半が妻帯し、世襲をしている今日、住職夫婦の子供が住職後継者となる事例が大半であるが、どの宗派に於いても子弟教育の問題点として、寺庭教育の欠如が言われている。多くは寺院で生活していながら、その生活様式は一般家庭となんら変わらないため、宗教者としての自覚がなかなか形に表れてこない。また、後継者としての資質が不足し、世俗化が進んでいるなどの声を聞く。
石上和敬氏は「子弟教育にかかわる女性の役割と可能性」のなかで、伝統仏教寺院に限らず、たとえば、現在でも家元制度が存続している伝統的な文化芸能の世界においても、家元後継者などは幼い頃からの家庭教育がそのまま家元後継者への準備教育であることがある。その場合、母親はその文化芸能を直接に伝授するという立場になくても、少なくてもその道に対する十分な理解と尊重が求められるのではないか。そのような見方にたてば、住職配偶者が仏教や寺院に対するある程度の理解や尊敬の念を持ちながら日常生活を送り、家庭教育を行うことが重要になってくる。そして、そのような重要な役割を担う配偶者が仏教や寺院に対して尊崇の念に篤い母親になるためにも、配偶者自身が宗派や寺院内で相応に位置づけられ、明確な立場を得ることがなによりも重要であると述べている。まさにその通りで、明確に位置づけられることにより、配偶者(寺庭婦人)は自信を持って後継者である子供を教育できるのではないだろうか。
二、他宗に於ける寺庭婦人の位置付けと保護
宗派(寺庭婦人数)
○ 住職が寺族(とくに住職婦人)に対して付与できる職務(①資格条件、②主な職務範囲、③任期)
寺族の相談に対応する宗門の窓口
曹洞宗(一万四六二四ヶ寺)寺族得度者は約一万六〇〇〇人
● 干与人者・責任役員(①寺族得度を受け、寺族通信教育を修了し、准教師に補任され、当該寺院の寺族代表に登録された者、②宗教法人の事業運営に関わる他、後任住職選定や住職遷化後の寺族保護の決め方に権限がある、③寺院規則による)
● 特定代務者(①同②代表役員の代務者として世俗的なことは行えるが法務や葬儀の導師、寺院規則の変更や宗教法人の合併・解散、主な境内建物の増改築などは不可③三年)
平成一六年に宗務庁内に「寺族の相談窓口」を設置。スタッフは男女合わせて一三人。相談件数は年間四〇件前後
臨済宗 妙心寺派(三三八三ヶ寺)寺庭婦人は約三一〇〇人
● 看護職(①宗務本所の寺庭婦人台帳に登録されている寺庭婦人で、禅学林を五回以上修了し本山寺庭婦人研修並びに本派仏教講座基礎コースを修了し、本派の僧籍を有した者、②法務の執行と寺務取り扱いが出来る③一期三年
平成一四年に宗務本所内に「妙心寺相談室」を設置。スッタフは男性のみ六人。相談件数は年間約二〇件
宗派(寺庭婦人数)○ 不慮の場合を想定し住職が寺族に対してできること(①資格条件、②範囲)
寺族の相談に対応する宗門の窓口
日蓮宗(四六三四ヶ寺)寺庭婦人は約五八六〇人
● 住職後任者の選定(①僧籍を有する小学校卒業以上の者で、総代や干与人の同意を得た者。二人まで「住職予定者」として登録できる②未成年者は満二三歳まで、成年は登録後三年以内に教師資格を得ねばならない)
平成一四年に宗務院内に「総合相談所」を設置し、さらに平成一六年に「後継者及び結婚相談所システム」を設立している
天台宗(三三四三ヶ寺)寺庭婦人は約一八〇〇人
●寺族保護の方法をあらかじめ法類や檀徒総代と協定できる
平成一八年に宗務庁内「寺族相談所」の改組充実化。宗報等でアンケート調査を行い、電話相談・個別面談の他、地方相談も実施。相談件数は毎月二〇件
真言宗(智山派)
● 住職及び教会の主管者は、その後任候補者を定めて申請することができる。(①本宗の教師でなければならない)寺族以外の者を後任者に選定申請しようとする時は、寺族代表の承認書を添付する
曹洞宗では「曹洞宗寺族規程」があり、寺族に関して三十六条にわたる規程を定めている。
主な条項では
① 寺族の得度……「寺族は、両大本山貫首または前貫首に就いて得度を受けることができる。」とあり、得度を受けた寺族は宗務庁の「寺族得度登録簿」に登録され、登録証が交付される。
② 寺族通信教育……寺族得度を受けた者に対して宗門が奨励する寺族通信教育である。第六条には「本宗は、寺族得度を受けた者の責務を自覚させ、道念の涵養を図るため、寺族通信教育を行う。」とあり、教義や基本的な儀礼の習得、一般教養を学ぶことができる。
③ 准教師の補任……寺族通信教育を修了した者は「准教師」の補任資格を有する。
④ 寺族代表……お寺の中で准教師に補任された者のうち一人がなれるのが「寺族代表」である。
⑤ 干与者・責任役員の就任……寺族代表は責任役員の同意を得られたなら、干与者や責任役員に就任できる。「曹洞宗寺院住職任免規程」の第十二条には「寺族代表の登録のある寺院の住職が死亡し、後任の住職の任命を申請するときは、その寺族代表の同意を得なければならない。」
⑥ 特定代務者……寺族代表として登録された寺庭婦人は「特定代務者」となり、お寺の代表役員に就任し、子供が住職資格を得るまで待つことができる。任期は三年「寺族得度」を受け、「准教師」「特定代務者」と言った資格を得ても法務は出来ない。
臨済宗妙心寺派の場合寺族と寺庭婦人が分けられている。
第一条には、「寺族とは住職、副住職、先住職および先副住職以外の者で、寺院または教会に在籍している者を言う。」
第二条の「寺庭婦人」には「寺庭婦人とは、住職、副住職、先住職および先副住職の配偶者で、寺院または教会に在籍している者をいう。二、前項以外の者で寺庭婦人の義務および職務を果たすことのできる者については寺庭婦人とみなす。
「寺族及び寺庭婦人規程」の第五条「住職の遷化等の場合における寺庭婦人の保護」という項目に
「住職が遷化その他の理由により欠けたときには、法類、関係寺院及び当該寺院の後任住職その他の責任役員は、その寺庭婦人及び寺族に対して適切な保護をし、正当な理由なく排除してはならない。」
「前項の場合に於いて、その寺族の中から将来当該寺院または教会の住職たり得る者があるときは、兼務住職は、その寺族が資格を得るまで保護しなければならない。」
平成十五年九月に新たな条項「看護職」を「住職規程」に付け加えた。
「第三十二条 住職が遷化または病気によりその寺務取り扱いが出来なくなった場合、代務者及び兼務住職の許可のもと法類寺院の承認を経て、当該寺院の寺庭婦人が看護職として、法務の執行及び寺務取り扱いをすることができる。ただし、速やかに後任住職を就任させるよう努めなければならない。」
条件は二、宗務本所の寺庭婦人で、禅学林を五回以上修了し、本山寺庭婦人研修会並びに本派仏教講座基礎コースを修了した者は、当該寺院の看護職となることができる。三、看護職を取得するものは、本派の僧籍を有しなければならない。四、看護職の任期は、後任住職の就任までとする。ただし、一期三年とし、やむを得ない事情があるときは、更新の申請をすることができる。
禅学林とは同派の尼僧の専門道場である岐阜県の天寧寺をいう。一回につき二泊三日の研修で、それを五回以上受けなければならない。僧籍とは僧階の末席になる沙弥職か知客職以上をいう。
天台宗では寺庭婦人とは婦人の僧侶である者、または寺族中の婦人のうち「寺庭婦人得度」を受けた者で寺庭婦人台帳に登録されたものとされています。
また、宗憲第四十八条の第二項に「寺族は宗規で定める保護を受けることが出来る」とあり、寺族規程第六条「住職が死亡またはその他の事故によって欠けた場合は寺族に対し、法類及び関係寺院の住職は適切な保護をしなければならない」とある。続く第二項には「二、前項の保護法は予め法類及び寺院総代と協定することができる。ただし、責任役員会議の議決を得ておくものとする」と定めている。
真言宗では「住職及び教会の主管者は、その後任候補を定めて申請することができる。」と定められており、「寺族以外の者を後任者に選定申請しようとする時は、寺族代表の承認書を添付するとある。
では、日蓮宗ではどうなのか。まず、寺族寺庭婦人規程に「本宗の寺院、教会、結社に住職、担任、教導と同居する親族で、本宗の教義を信奉する者を寺族とする。但し、教師又は教師補はこれを除く。」とある。また、「寺族のうち成年に達した女性で住職が認めた者は、寺庭婦人とする。」とある。
そして、寺族保護としては「住職候補者の選定及び同意に際し干与人及び総代は、寺族の意見を聞く者とする。」とだけしか書かれていない。決して寺族又は寺庭婦人の保護としては十分なものでは無く、他宗に比べても随分と遅れていると思われる。
三、日蓮宗於けるこれからの寺庭婦人の位置付けと役割
子弟教育の他にも寺院内で様々な役割を果たしている配偶者(寺庭婦人)が仏教や寺院に対して尊崇の念の篤い母親となるためにも、配偶者を宗派や寺院内で相応に位置づけることが重要であると考える。そのためにも寺庭婦人に日蓮宗の教義や組織について知識と理解を得るために、得度式を二泊三日くらいの期間で行い、これを受けた者を寺庭婦人とする。もっと積極的に宗門や寺院運営に関わりたいと思っている寺庭婦人には、通信教育を受けてもらい、修了者には「准教師」などの名称で資格を与える。資格を得た者がさらに教師資格を得るときには乙種の試験は免除するなどが考えられるのではないか。
池上本門寺の酒井日慈貫首は「僧侶が妻帯したと同時に実は、寺は僧侶とその妻の共同布教所として発足していた訳なのである。問題は今日、住職とそしてその配偶者(寺庭婦人)が明確にそのことを確認しあうことではなかろうか」と述べておられる(「現代仏教」二〇〇二年発行)。妻帯によって寺院が得た利点は大きかったのではないだろうか。たとえばお寺に対しての「暗さ」、「堅苦しさ」が薄らいで、檀信徒達がお寺を身近に感じられるようになったこと、そして、後継者を生み、今日まで法灯を継承してきたことは大きな意味があったと思う。
僧侶の肉食妻帯について末木文美士氏は、「確かに僧侶の肉食妻帯は江戸時代にはもはや当たり前のこととして行
われており、肉食妻帯許可令は現象的にはそれを追認しただけであるかのように見える。しかし、それは仏教の持つ社会的な位置づけを制度的に根底から逆転させるものであった。……中略……江戸時代の仏教はタテマエとホンネを使い分けることにより、タテマエは超世俗でありながら、ホンネの部分でなし崩し的に世俗化してきたとすれば、近代の仏教はタテマエもホンネのなしに世俗化を最初から課題として背負い込み、世俗化した宗教として何をなしうるかがとわれなければならなかった。」と述べている。(「現代戒想」二〇〇四年発行)
日本独自の仏教の在り方をもっと肯定的に考え、妻帯をするならば、配偶者を在って無きがごとくに扱うのではなく、宗門や寺院の中の女性の役割を重視し、女性の登用を積極的に考えるべきではないか。宗門運営の中に「寺庭婦人」の部門を設け、共同運営者として認めることが今日の宗門にとって重要なことではないだろうか。