現代宗教研究第42号 2008年03月 発行
過疎寺院対策一考察
過疎地寺院対策一考察
原 顕 彰
過疎について、過疎の問題が宗門で注目されるようになったのは昭和三八年の定期宗会で問題提起されたのが始まりであり、国会では昭和四一年の経済審議会の地域部会で過疎問題という言葉が始めて使われ報告され、昭和四五年には過疎対策緊急措置法が制定されている。ここでは、国、宗門、現代宗教研究所の順でその対策の流れを追ってみた。
過疎対策の流れ
国会
昭和四一年 経済審議会地域部会で過疎問題報告さる
昭和四五年 過疎地域対策緊急措置法
昭和五五年 過疎地域振興特別措置法
過疎地域とは 昭和三五年から昭和五〇年の一五年内に二〇%の人口減少の地域
平成一二年 過疎地域自立促進特別法
過疎地域とは昭和三五年から平成七年の間に
人口減少率三〇%以上
〃 二五%以上で 高齢者比率(六五歳以上) 二四%以上
〃 〃 若年者比率(一五歳以上三〇歳未満) 一五%以下
又は、昭和四五年から平成七年の間に人口減少率一九%以上
宗門
昭和三八年第一三回定期宗会で 過疎地寺院問題提起さる
昭和六二年一一月二七日 第一回過疎対策研究会 総長私的諮問研究組織フリートーキング
平成 二年一〇月三日 過疎地域対策懇談会活動開始
平成 四年宗会、所長会議へ懇談会活動報告書提出
平成 八年まで二九回の懇談会開催
同年 過疎地域寺院対策懇談会報告 小川英爾師
新組織による開教布教、寺院の統廃合の二点を提言
平成一〇年より平成一二年まで四回の懇談会報告書 同師
檀家制度の再検討、寺院経済の基盤拡充、社会問題への発言と干与
現代教学の確立、寺院機能と体制の強化、女性の登用、宗会議員や
宗務所長の若年化、先祖崇拝の実態認識、寺院の職業(家業)化是正、
調査研究の拡充、寺院間の情報ネットワーク化、開かれた寺院経営
他教団との交流、幅広い識見を持った教師養成、等を提言
平成一七年、平成一八年 過疎地域寺院活性化委員会開催 次年度継続予定
現代宗教研究所
昭和四二年より調査開始(『現代宗教研究』誌上随時発表)
昭和五九年 寺院実態報告 山梨県早川町
昭和六〇年 島根県横田地区、大森地区、隠岐島、北海道東部
昭和六一年 千葉県東部、西部
昭和六二年 北海道利尻、礼文
平成 一年 『ここまできている過疎地寺院、あなたは知っていますか』発行
平成一六年 追跡調査 一〇地域の人口、寺院数比較
平成一七年 追跡調査 山梨県早川町
〃 過疎地寺院調査 身延町中富地区三地域
平成一八年 過疎地寺院対策プロジェクトで研究調査
平成一九年 〃
以上が国、宗門、現宗研の過疎対策の流れであるが、今、ここでは宗門、現宗研の対策、調査、研究にのみ焦点を当てて考察してみる。
この、過疎問題については、意外にも、宗会が昭和三八年という早い時期から問題視しているのが注目される。しかし、それ以後の宗門としての対策は遅れぎみである。
其れに対し、現宗研では昭和四二年より随時、過疎の現地を訪れ、その惨状、現状を報告し、早期の対策を訴え続けてきた。
平成二年になってようやく宗門は過疎地対策懇談会を立ち上げた。しかし、懇談会形式では、なかなか本格的な対策案は浮かばず、平成八年までの二九回の懇談会の結論でも、新組織の開教布教と寺院統合の二点のみの提言になり、その後、平成一二年まで懇談会が幾度となく開かれ、その間、四度の報告が成されたが前記の如くの抽象的な対策案で止まっている。
しかし、是もまた過疎対策の困難さを如実に物語っているともいえるのである。
それでは、現代の宗門の情勢は如何なものか、宗門の平成一六年の宗勢調査と平成一八年度発行の寺院名簿による代務寺院、欠員寺院、兼務寺院等の無住寺院の統計(筆者統計)を見てみると以下の如くである。(必要事項のみ抜粋)
宗勢調査(平成一六年一〇月) 平成一〇年より八年毎(以前は四年毎)の調査
全寺院数 五一八二ケ寺 回答寺院三九五〇ケ寺(七六%)
後継者 居る 二三七五ケ寺(六〇.一%)
居ない 一四〇三ケ寺(三五.五%)
全教師数 八二七九人(住職四三四〇人)
寺院出身 七割
在家出身 三割(昭和五〇年は四割で年々減っている)
檀家数 五〇軒以下 一三八三ケ寺 (三五%)
一〇〇軒以下 七六一ケ寺 (一九.三%)
二〇〇軒以下 八一〇ケ寺 (二〇.五%)
三〇〇軒以下 四五三ケ寺 (一一.五%)
四〇〇軒以下 二二七ケ寺 (五.七%)
五〇〇軒以下 一〇三ケ寺 (二.六%)
五〇〇軒以上 二一三ケ寺 (四.五%)
過去八年間に檀家が 増えた 一四八七ケ寺(三七.六%)
減った 九〇四ケ寺(二二.九%)
変わらない 一四七七ケ寺(三七.四%)
二〇軒以内 増えた 一一八九ケ寺 減った 八二七ケ寺
五〇軒以内 〃 二〇三ケ寺 三八ケ寺
一〇〇軒以内 〃 五三ケ寺 一一ケ寺
〃 以上 〃 四三ケ寺 二ケ寺
無住寺院数
平成元年現在 平成二十年現在
代務寺院 四二二ケ寺 六一〇ケ寺
兼務寺院 二一六ケ寺 一四六ケ寺
欠員寺院 九八ケ寺 九八ケ寺
合計 七三六ケ寺 八七二ケ寺
この統計を見て考えられることは、第一には、後継者が居ない寺院の多いことであり、後継者の居ない寺院と無住寺院を合わせると実に二二九〇ケ寺に上り、全寺院数の四五%に当たる。これは将来の日蓮宗の危機を如実に表した数字であり、緊急に対策を講じる必要があると思われる。
又、統計の中で檀家数が一〇〇軒前後増えたと言う寺院が約一〇〇ケ寺、五〇軒前後増えた寺院が約二〇〇ケ寺有るが、これは大都市周辺寺院て゛人口増加が主因と思われ、反対に、地方寺院の檀家減少数が少ないのは、元々の檀家数が少ないこと(檀家数一〇〇以下が二一五〇ケ寺)によると思われるし、この内、二〇軒以下の檀家数減少寺院が八二七ケ寺もあることは、地方寺院の将来の檀家数減少が大変な状態であることを物語っている。
又、代務、欠員の無住寺院が年々増加して来ていることは統計の示す如くである。
それでは、無住寺院の現状を統計グラフで追ってみると次のような実態である。(末尾掲載)
無住寺院統計表平成一八年度寺院名簿より筆者統計(若干の数字の誤差が有る)
この統計で言えることは、無住寺院の内、代務、欠員寺院の六六八ケ寺中二五七ケ寺が千葉、山梨県にあり、これは宗門の歴史上止むを得ない場合が多く、両県で考慮すべきものかと思われるが、意外に大都市を含む管区内に代務、欠員寺院が多いことにも注目される。
これは、過密の中の過疎(何時か何とかなると安易に考える)が問題であること、後継者問題自体が問題(後継者が居ないのではなく、誰が後継者になるかが問題)であること、その上、都市寺院住職が代務することが容易であり、又、代務することで代務者自体が潤う場合も多く、それ故、代務者は現状維持を望んでいるとも考えられる。又、その代務寺院の檀家自体も現状で満足している場合が多いようにも思える。これらのことを考えると、代務、欠員寺院の問題への対策は複雑を極めると思える。
反対に、東北、中四国地方に代務、欠員寺院が少ないのは、その管内寺院数自体が少ないからと思えるが、反面、将来の人口減少、後継者問題も、より一層、大きい影響を与えるかとも考えられる。
しかし、全宗門的視野ばかりでは具体性に欠けるきらいがあるので、地方の一管区の実態をみてみると(北海道南部管区)次のような実態が浮き彫りにされた。
北海道南部管区の実態 北海道南部宗務所長資料提供
管内寺院教会結社総数 五六ケ寺
住職居住数 四八ケ寺 内 尼僧住職数 四ケ寺
無住 八ケ寺 内 代務住職数 六ケ寺
後継者 有り 三八ケ寺 内 男の子 三二ケ寺
女の子 五ケ寺
弟子 一ケ寺
無し 一〇ケ寺 内 子が他の職 二ケ寺
子、弟子無し 八ケ寺
現住職若く当分後継の心配無し 四ケ寺
不明 四ケ寺
ここでも無住寺院は八ケ寺と少なくみえるが管区全体の一四%にあたり、後継者無しの一〇ケ寺を合わせると一八ケ寺三三%にもなる。じつに、三ケ寺に一ケ寺は将来、無住寺院になることを表しているし、この統計を見るだけでも地方寺院の将来の存続が危うく感じられる。
又、この内、注目されるのは、四ケ寺の尼僧住職寺院であり、四ケ寺とも、前住職の病気、遷化で急遽、寺を継がねばならなくなったが、住職資格を取るまでに、多大な時間と、苦労が有ったと言う事である。こういう特別の事態には、何か特別の配慮が有って然るべきかと思われる。(例えば、後継予定の寺庭婦人に無条件で准講師の資格を与える等)
その上、現在の人口減少が加速されれば、今の予測以上に寺院の無住化、消滅という現実が早く訪れると思われるし、其れに対する対策は殆ど皆無に等しいと思われるのである。
今、又、もう一段階掘り下げて、過疎地寺院の中の一代務寺院の檀信徒の現状をみてみれば、もっと深刻な現状が浮かび上がってくる。次の統計は、北海道南部管区の一代務寺院(筆者代務)の実態である。
北海道南部管区内一代務寺院の檀家の実態
全檀家数 一六軒
内 農家 二軒
内 元農家 八軒 今は他の職、又は無職で、その子が他の職
内 漁師 四軒
内 他の職 二軒
一六軒の内、子と同居は漁師の四軒のみで、他は遠地に別居
この数字は近い将来、この寺院の檀家数は四分の一に減ることを意味している。そして、残った檀家数が四軒では、将来は、合寺、又は、廃寺しか考えられない。
因みに、この寺院では昭和六〇年に総予算一〇〇〇万円で、全檀家総出、自分たちのみで(農家の人たちは全員大工経験がある)小さな本堂兼庫裏を建てた。お陰で、今は、行事には全檀家が参加するようになった。しかし、将来は、檀家数が四軒と如何ともしがたい状態である。これは、この寺院に限ったことではなく、他の地方寺院にも同じことが言えるように思える。そして、又、これに対する対策もまた皆無に等しい。
以上、全宗門、地方の一管区、一代務寺院の実態を統計的に見てきたが、一目瞭然、後継者不足の深刻な問題、人口減と農家離れ、漁師離れ、就職難から来る檀家離れは、今までの予想をはるかに超えた速さでやって来ている。そして、其れに対する対策は急を要していると思われるが、対策案は殆ど浮かんでは来ない。
これらのことを考える時、過疎問題の対策とは、過疎になる以前に、如何なる対策が必要かを考えることが最重要かと思われるのであり、過疎になってしまってからでは手遅れの感がするのである。
しかし、それでは、私の過疎寺院対策PJの立場も意味もなくなるので、無い知恵を絞って、人口減少問題、合併、後継者問題、経済問題、教化学等を一考し、提言してみると。
人口減少問題対策
町村の人口が減ることは寺院の檀家数も減ることであり、檀家が殆ど居ない寺院は合併、転寺、寺から結社に降格(任意解散)、廃寺等しか考えられない。
ここで、宗教法人法では、これらの寺院に対してどのようなことを勧告しているかというと
宗教法人法 解散命令
一年以上宗教活動無し
二年以上礼拝施設が滅失
一年以上代務役員又は代務者不在
以上の如く、宗教法人がその活動を停止した場合は裁判所より解散命令が出される。
又、これからは、今まで以上に、宗教法人への国の介入が厳しくなるかとも思われる。
それでは、その対策の一つとして、他寺との合併を考えた場合
合併 宗教法人法によれば、次の手順を踏まねば成らない
一方の寺院の解散広告
一方の寺院の利害者の異議申し立て
所轄庁の認証の取り消し
裁判所の解散命令
合併を考えるときに一番問題なのは、吸収される寺の檀家が合併を好まないのであり、その上、代務寺院の反対、書類上の手続きの煩雑さ等が問題になってくる。
この場合、管区の宗務所長の助言や宗会で合併の条件を詳細に法文化する必要がある。
又、これらの事務、実務執行を容易にする上で、代務寺院の副干与人を当管区の宗務所長に規定するのも一案かとも思われる。
他地区転寺
今は官庁の許可が厳しくなり、新寺建立と同じ手続きが必要である。
寺から教会、結社へ降格
建物、名は残せるかもしれないが、任意解散の手続きが必要である。
後継者問題
イ、住職急死、病気の時は妻、娘、兄弟等に准講師の資格を一定の条件の下で特別に与える(寺の無住化を防ぐ)。
ロ、大本山寺院の全てで僧道実習生を受け入れる(僧侶志願者を増やす)。
ハ、毎年篤信道場を開設する(拝みや等の篤信者を増やす)。
ニ、信行道場に入らなくとも法務単位制で資格を与える(資格取得の簡素化)。
例えば、読経何単位、作法何単位、声明何単位、教学何単位の如く
ホ、ミトラサンガのように三日坊さんの修行体験で坊さん希望者を募る。
経済問題
イ、東京、大阪等、大都市寺院の有る宗務所に特別賦課金を割り当てる。
ロ、居士、大姉戒名授与に賦課金を(一戒名一万円位)。
ハ、これらを過疎対策、活性化に当てる
例えば、活性化に努力している寺院に補助金を与える。無住寺院の中でも是非残さねばならない寺院に有給の特派住職を派遣。
布教研修所出身者(五〇歳台以下)に活性化活動金として月一二万円の手当てを与え宗務院に報告をさせ草の根の活性化を図る。
教化学の充実
イ、頭の教学から心の教学へ 生活に生きた教学、眼から鱗が落ちる教学
ロ、他宗徒の教化 仏教会との対立 四ケ格言の問題解決
ハ、檀家の取り合い 宗祖の犬の譬え(松野殿御返事)に学ぶ
以上、過疎問題を一考し、その対策の一分を提言するものです。