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貞観政要 2000年01月 発行

巻第十 論慎終第四十

第一章

貞観五年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、当今、遠夷率ゐ服し、百穀豊稔し、賊盗、作らず、内外寧静なり。此れ、朕一人の力に非ず、実に公等が共に相匡輔するに由る。然れども安くして危きを忘れず、理まりて乱るるを忘れず。今日の無事なるを知ると雖も、亦、須く其の終始を思ふべし。常に此の如きを得ば、始めて是れを貴ぶ可きなり、と。〔▽七八一-二頁〕
魏徴対へて曰く、古より已来、元首股肱、備具すること能はず。或は時君、聖と称すれども、臣は即ち賢ならず、或は賢臣に遇へども、即ち聖主無し。今、陛下、聖明にして、理を致す所以なり。向に若し直だ賢臣に任ずれども、君、化を思はざれば、亦、益する所無からん。天下、今、太平なりと雖も、臣等猶ほ未だ以て喜と為さず。惟だ、陛下が安きに居りて危きを思ひ、孜孜として怠らざらんのみ、と。〔▽七八二-三頁〕

第二章

貞観六年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、古より、人君の善を為す者、多く其の事を堅守すること能はず。漢の高祖は、泗上の一亭長なるのみ。初め能く危きを拯ひ暴を誅し、以て帝業を成せり。然れども更に数十年を延ばさば、縦逸の敗、亦、保す可からず。何を以てか之を知る、孝恵は嫡嗣の重にして、温恭仁孝為り。而るに高帝、愛姫の子に惑ひ、廃立を行はんと欲す。蕭何・韓信は、功業甚だ高し。蕭は既に妄に繋がれ、韓も亦濫に黜けらる。自余の功臣、黥布の輩、懼れて安んぜず、以て反逆に至れり。君臣父子の間、悖謬せること此の若し。豈に保し難きの明験に非ずや。朕、敢て天子の安きを恃まず、毎に危亡を思ひ、以て自ら誡懼し、用つて其の終を保たんとする所以なり、と。〔▽七八三-四頁〕

第三章

貞観九年、太宗、公卿に謂ひて曰く、朕、端拱無為にして、四夷咸く服す。豈に朕一人の致す所ならんや。実に諸公の力に頼るのみ。当に始を善くし終を令くして、永く鴻業を固くし、子子孫孫、逓に相輔翼し、豊功厚利をして、来葉に施さしめ、数百年の後に、我が国史を読むものをして、鴻勲茂業、粲然として観る可からしめんことを思ふべし。豈に維だ隆周・盛漢、及び建武・永平の故事を称するのみならんや、と。〔▽七八五-六頁〕
房玄齢進みて曰く、臣、近古撥乱の主を観るに、皆、年四十を踰る。惟だ漢の光武のみ年三十三なり。豈に陛下が年十八にして、便ち経綸を事とし、遂に天下を平げ、二十九にして、昇りて天子と為るに如かんや。此れ則ち武、古に勝れるなり。少くして戎旅に従ひ、書を読むに暇あらざりしが、貞観已来、手に巻を釈てず、風化の本を知り、理政の源を見、之を行ふこと数年、天下大いに治まる。此れ又、文、古に過ぎたるなり。昔、周秦以降、戎狄内に侵す。今、戎狄*稽そう(けいそう)して、皆、臣吏と為る。此れ又、遠きを懐くること古に勝れるなり。已に此の功業有り、何ぞ始を善くし終を慎まざるを得可けんや、と。〔▽七八六-七頁〕

第四章

貞観十二年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、朕、書を読みて前王の善事を見れば、皆、力行して怠らず。其の任用する所、公の輩数人、誠に以て賢なりと為す。然れども政理、三五の代に比するに、猶ほ逮ばずと為すは、何ぞや、と。〔▽七八九頁〕
魏徴対へて曰く、今、四夷賓服し、天下、事無く、誠に曠古の未だ有らざる所なり。然れども古より帝王、初めて位に即く者、皆、精を励まして政を為し、迹を尭舜に比せんと欲す。其の安楽なるに及びては、則ち驕奢放逸にして、能く其の善を終ふるもの莫し。人臣の初めて任用せらるるもの、皆、主を匡し時を済ひ、蹤を稷契に追はんと欲す。其の富貴なるに及びては、則ち苟くも官爵を全くせんことを思ひ、能く其の節を尽くすもの莫し。若し君臣をして常に懈怠すること無く、各々其の終を保たしめば、則ち天下、理まらざるを憂ふること無きなり、と。太宗曰く、誠に卿の言の如し、と。〔▽七九〇頁〕

第五章

貞観十三年、魏徴、太宗の克く倹約に終ること能はずして、近歳頗る奢縦を好むを恐る。上疏して諌めて曰く、臣、古よりの帝王の、図を受け鼎を定むるを観るに、皆、之を万代に伝へ、厥の孫謀を貽さんと欲す。故に其の巌廊に垂拱し、政を天下に布くに、其の治を語るや、必ず淳朴を先にして浮華を抑へ、其の人を論ずるや、必ず忠良を貴びて邪佞を鄙み、制度を言ふや、則ち奢靡を絶ちて倹約と崇び、物産を談ずるや、則ち穀帛を重んじて珍奇を賎しむ。然して命を受くるの初、皆、之に遵ひて以て治を成す。稍々安きの後、多く之に反して俗を敗る。〔▽七九一頁〕
其の故は何ぞや。豈に万乗の尊に居り、四海の富を有ち、言を出せば己に逆ふ莫く、為す所あれば人必ず従ひ、公道、私情に溺れ、礼節、嗜欲に虧くるを以ての故ならずや。語に曰く、之を知ることの難きに非ず、之を行ふこと難し。之を行ふことの難きに非ず、之を終ふること難し、と。斯の言、信なるかな。〔▽七九二頁〕
伏して惟みるに、陛下、年甫めて弱冠、大いに横流を拯い、区宇を平一し、肇めて帝業を開く。貞観の初、年方に克く壮に、嗜欲を抑損し、躬ら節倹を行ひ、内外康寧にして、遂に至治に臻る。功を論ずれば、則ち湯武も方ぶるに足らず。徳を語れば、則ち尭舜も未だ遠しと為さず。臣、擢でられて左右に居りしより、十有余載、毎に帷幄に侍し、屡々明旨を奉ず。常に仁義の道を許し、守りて失はず、倹約の志、終始渝らず。一言にして邦を興すとは、斯の謂れのなり。徳音、耳に在り、敢て之を忘れんや。而るに頃年已来、稍々曩志に乖き、敦朴の理、漸く終を克くせず。謹みて聞ける所を以て、之を列ぬること左の如し。〔▽七九三頁〕
陛下、貞観の初、無為無欲にして、清静の化、遠く遐荒に被る。之を今考ふるに、其の風漸く墜つ。言を聴けば、則ち遠く上聖にも超ゆるも、事を論ずれば、則ち未だ中主に踰えず。何を以てか之を言ふ。漢文・晋武は、倶に上聖に非ざるに、漢文は千里の馬を辞し、晋武は雉頭の裘を焚く。今は則ち駿馬を万里に求め、珍奇を域外に市ふ。怪を道路に取り、戎狄に軽んぜらる。此れ其の漸く終を克くせざるの一なり。〔▽七九四頁〕
昔、子貢、人を理むるを孔子に問ふ。孔子曰く、懍乎として、朽索の六馬を馭するが若し、と。子貢曰く、何ぞ其れ畏るるや、と。子曰く、道を以て之を導かざれば、則ち吾が讎なり。若何ぞ其れ畏れざらんや、と。故に書に曰く、人は惟れ邦の本、本固ければ邦寧し。人の上為る者は、奈何ぞ敬せざらん、と。陛下、貞観の始め、人を視ること傷つけるが如く、其の勤労を見て、之を愛すること猶ほ子のごとく、毎に簡約を存し、営為する所無し。頃年已来、意、奢縦に在り、忽ち卑倹を忘れ、軽々しく人力を用ひ、乃ち云はく、百姓、事無ければ則ち驕逸す。労役すれば則ち使ひ易し、と。古より、未だ百姓の逸楽するに由りて傾敗を致せる者有らざるなり。何ぞ逆め其の驕逸を畏れて故らに之を労役せんと欲するもの有らんや。恐らくは邦を興すの至言に非ざらん。豈に人を安んずるの長算ならんや。此れ其の漸く終を克くせざるの二なり。〔▽七九五-六頁〕
陛下、貞観の初、己を損して以て物を利す。今者に至りて、欲を縦にして以て人を労す。卑倹の迹歳ごとに改り、驕侈の情日々に増す。是れ人を憂ふるの言は、口に絶えずと雖も、而も身を楽ますの事、実に心に切なり。或は時に営する所有らんと欲すれば、人の諌を致さんことを慮り、乃ち云はく、若し此を為さざれば、我が身に便ならず、と。人臣の情、何ぞ復た争ふ可けんや。此れ直だ、意、諌者の口を杜ぐに在り、豈に善を択びて行ふ者ならんや。此れ其の漸く終を克くせざるの三なり。〔▽七九七頁〕
立身の成敗は、染まる所に在り。*蘭し(らんし)鮑魚、之と倶に化す。習ふ所を慎むこと、思はざる可からず。陛下、貞観の初め、明節を砥砺し、物を私せず、唯だ善にのみ是れ与し、君子を親愛し、小人を疎斥す。今は則ち然らず、小人を軽褻し、君子を礼重す。君子を重んずるや、敬して之を遠ざけ、小人を軽んずるや、狎れて之を近づく。之を近づくれば、則ち其の非を見ず、之を遠ざくれば、則ち其の是を知る莫し。其の是を知る莫ければ、則ち間せずして自ら疎んず。其の非を見ざれば、則ち時有りて自ら昵しむ。小人を昵近するは、治を致すの道に非ず。君子を疎遠するは、豈に邦を興すの義ならんや。此れ其の漸く終を克くせざるの四なり。〔▽七九八頁〕
書に曰く、無益を作して有益を害せざれば、功乃ち成る。異物を貴びて用物を賎まざれば、人乃ち足る。犬馬は其の土性に非ざれば、畜はず、珍禽奇獣は、国に育はず、と。陛下、貞観の初、動きて尭舜に遵ひ、金を捐て璧を抵ち、朴に反り淳に還る。頃年以来、奇異を好尚し、得難きの貨、遠しとして臻らざるは無く、珍玩の作、時として能く止むる無し。上、奢靡を好みて、而も下の敦朴ならんことを望むは、未だ之れ有らざるなり。末作滋々興りて、而も農人の豊実ならんことを求むるは、其の得可からざること、亦已に明かなり。此れ其の漸く終を克くせざるの五なり。〔▽七九九頁〕
貞観の初、賢を求むること渇せるが如く善人の挙ぐる所は、信じて之に任じ、其の長ずる所を取り、常に及ばざらんことを恐る。近歳已来、心の好悪に由る。或は衆善しとして挙げて之を用ひ、一人毀りて之を棄つ。或は積年、任じて之を信じ、一朝、疑ひて之を遠ざく。夫れ行に素履有り、事に成跡有り。毀る所の人、未だ必ずしも誉むる所よりも信ず可からず。積年の行、応に頓に一朝に失ふべからず。且つ君子の懐は、仁義を蹈みて大体を弘む。小人の性は讒毀を好みて以て身の謀を為す。陛下、審かに其の根源を察せずして、軽々しく之が臧否を為す。是れ道を守る者をして日に疎く、干求する者をして日に進ましむ。故に人、苟くも免れんことを思ひ、能く力を尽くすもの莫し。此れ其の漸く終を克くせざるの六なり。〔▽八〇〇-一頁〕
陛下初めて大位に登るや、高く居り深く視、事惟だ清静、心に嗜欲無く、内、畢弋の物を除き、外、佃猟の源を絶つ。数載の後、志を固くすること能はず。十旬の逸無しと雖も、或は三駆の礼に過ぎ、遂に盤遊の娯をして、百姓に譏られ、鷹犬の貢をして、遠く四夷に及ばしむ。或は時に教習するの処、道路遥遠にして晨を侵して出で、夜に入りて方に還る。馳騁を以て歓娯と為し、不虞の変を慮ること莫し。事の不測なる、其れ救う可けんや。此れ其の漸く終を克くせざるの七なり。〔▽八〇二頁〕
孔子曰く、君、臣を使ふに礼を以てし、臣、君を事ふるに忠を以てす、と。然れば則ち君の臣を待する、義、薄かる可からず。陛下、初めて大位を践むや、敬以て下に接し、君恩下に流れ、臣情上に達す。咸く力を竭くさんことを思ひ、心、隠す所無し。頃年以来、忽略する所多し。或は外官、使に充てられ、事を奏して入朝し、闕庭を覩んことを思ひ、将に見る所を陳べんとするに、言はんと欲すれば則ち顔色、接せず、請はんと欲すれば、又、恩礼、加はらず。乍ち短なる所に因りて、其の細過を詰る。聡弁の略有りと雖も、能く其の忠款を申ぶる莫し。而るに上下心を同じくし、君臣交泰せんことを望むは、亦難からずや。此れ其の漸く終を克くせざるの八なり。〔▽八〇三頁〕
傲りは長ず可からず、欲は縦にす可からず、楽は極む可からず、志は満たす可からず。四つの者は、前王の福を致す所以、通賢、以て深誡と為す。陛下、貞観の初、孜孜として怠らず、己を屈して人に従ひ、恒に足らざるが若くせり。頃年已来、微しく自ら矜放にして、功業の大を恃み、意、前王を蔑ろにし、聖智の明なるを負み、心、当代を軽んず。此れ傲りの長ぜるなり。為す所有らんと欲すれば、皆、意を遂ぐるを取る。縦ひ或は情を抑へ諌に従ふも、終に是れ懐に忘るること能はず。此れ欲の縦なるなり。志は嬉遊に在り、情は厭倦無し。全くは政事を妨げずと雖も、復た心を治道に専らにせず。此れ楽の将に極まらんとするなり。率土乂安に、四夷款服するも、仍ほ遠く士馬を労し、罪を遐荒に問はんと欲す。此れ志、満たし難きなり。親狎なる者は、旨に阿りて肯て言はず。疎遠なる者は、威を畏れて敢て諌むる莫し。積みて已まざれば、将に聖徳を虧かんとす。此れ其の漸く終を克くせざるの九なり。〔▽八〇四-五頁〕
昔、尭舜・成湯の時、災患無きに非ず。然れども其の聖徳を称する者は、其の始有り終有り、無為無欲、災に遇へば則ち其の憂勤を極め、時安ければ則ち驕らず逸せざるを以ての故なり。貞観の初、頻年霜旱あり、畿内の戸口、竝びに関外に就き、老幼を攜負し、来往するもの数千。曾て一戸の逃亡無く、又、一人の怨苦無し。此れ陛下の矜育の懐を識るに由る。所以に死に至るまで攜弐するもの無し。頃年已来、徭役に疲れ、関中の人、労弊尤も甚だし。工匠の徒、下番悉く留めて和雇し、正兵の輩、上番多く別に駆使す。和市の者、郷閭に絶えず、逓送の夫、道路に相継ぐ。既に弊るる所有り、驚擾を為し易し。脱し水旱に因りて、穀麦、収まらずんば、恐らくは百姓の心、前日の寧恬の如くなる能はざらん。此れ其の漸く終を克くせざるの十なり。〔▽八〇六-七頁〕
臣聞く、禍福は門無し、唯だ人の招く所のままなり、と。人釁無ければ、妖、妄りに作らず。伏して惟みるに、陛下、天を統べ*う(う)を御すること、十有三年、道、寰中に洽く、威、海外に加はり、年穀豊稔し、礼教聿に興り、比屋、封ず可きに踰え、菽粟、水火に同じ。今歳に曁びて、天災流行し、炎気、旱を致し、乃ち遠く郡国を被り、凶醜、*げつ(げつ)を作し、忽ち近く轂下に起る。夫れ天何をか言はんや、象を垂れ誡を示す。斯れ陛下の恐懼の辰、憂勤の日なり。若し誡を見て懼れ、善を択びて従ひ、周文の小心なるに同じく、殷湯の己を罪せしを追ひ、前王の治を致す所以の者は、勤めて之を行ひ、今時の徳を敗る所以の者は、思ひて之を改め、物と更新し、人の視聴を易へば、則ち宝祚、疆無く、普天幸甚だしく、何の禍敗か之れ有らんや。〔▽八〇八頁〕
然れば則ち社稷の安危、国家の理乱は、一人に在るのみ。当今太平の基、既に極天の峻を崇くす。九仞の積、猶ほ一簣の功を虧く。千載の休期、時、再び得難し。明主、為す可くして為さず、微臣が鬱結して長歎する所以の者なり。臣誠に愚鄙にして、事機に達せず。略ぼ見る所の十條を挙げ、輒ち以て聖聴に上聞す。伏して惟みるに、陛下、臣が狂瞽の言を採り、参するに芻蕘の議を以てせんことを。冀はくは千慮の一得、袞職、補有らんことを。則ち死するの日は猶ほ生けるの年のごとし。甘んじて*ふ鉞(ふえつ)に従はん、と。〔▽八一〇頁〕
疏奏す。太宗、徴に謂ひて曰く、人臣の主に事ふる、旨に順ふは甚だ易く、情に忤ふは尤も難し。公、朕が耳目股肱と作り、常に論思献納す。朕、今、過を聞きて能く改む。庶幾はくは克く善事を終へん。此の言に違はば、更に何の顔ありてか公と相見ん。復た何の方ありてか以て天下を理めんと欲せん。公の疏を得しより、反覆研尋し、深く詞強く理直きを覚ゆ。遂に列して屏障と為して、朝夕瞻仰し、兼ねて又、録して史司に付す。冀はくは千載の下、君臣の義を識らんことを、と。乃ち黄金十斤、厩馬二疋賜ふ。〔▽八一一頁〕

第六章

貞観十四年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、天下を平定するは、朕、其の事有りと雖も、若し之を守ること図を失はば、功業、亦復た保ち難からん。秦の始皇、初め亦六国を平げ、四海を拠有す。末年に及びて、善く守ること能はず。実に誡めと為す可き哉。公等、宜しく公を念ひ私を忘るべし。則ち栄名高位、以て克く其の美を終ふ可し、と。〔▽八一二-三頁〕
魏徴対へて曰く、臣、之を聞く、戦勝つは易く、文を守るは難し、と。陛下、深く思ひ遠く慮り、安くして危きを忘れず、功業既に彰はれ、徳教復た洽し。恒に此を以て政を為さば、宗社、由りて傾敗すること無からん、と。〔▽八一三頁〕

第七章

貞観十六年、太宗、魏徴に問ひて曰く、近古の帝王を観るに、位を伝ふること十代なる者有り、一代・両代なる者有り、亦、身に全きを得て、身に生を失ふ者有り。朕、常に憂懼を懐く所以なり。或は恐る、蒼生を撫養すること其の所を得ざらんことを。或は恐る、心に驕逸を生じ、喜怒、度に過ぎんことを。然れども自ら知ること能はず。卿、朕が為めに之を言ふ可し。当に以て楷則と為すべし、と。〔▽八一四頁〕
徴対へて曰く、嗜欲喜怒の情は、賢愚皆同じ。賢者は能く之を節して、度に過ぎしめず。愚者は之を縦にして、多く所を失ふに至る。陛下、聖徳玄遠にして、安きに居りて危きを思ふ。豈に常情同じからんや。然れども伏して願はくは、常に能く自ら心を制し、以て終を克くするの美を保たんことを。則ち万代永く頼らん、と。〔▽八一五頁〕