貞観政要 2000年01月 発行
巻第十 論祥瑞第三十八
第一章
貞観六年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、朕、比、衆議を見るに、祥瑞を以て盛事と為し、頻に表して賀慶する有り。朕の本心の如きは、但だ天下をして太平に、家々給し人々足らしめば、祥瑞無しと雖も、亦、徳を尭舜に比す可し。若し百姓、足らず、夷狄内侵せば、縦ひ芝草、街衢に遍く、鳳凰、苑圃に巣ふ有りとも、亦何ぞ桀紂に異ならん。〔▽七六六頁〕
嘗て聞く、後魏の時、郡吏の連理の木を燃き、白雉の肉を煮て喫する有り、と。豈に称して明主と為すを得んや。又、隋の文帝、深く祥瑞を愛し、秘書監王劭をして衣冠を著け、明堂に在りて、考使の前に対し、香を焚き以て皇隋感瑞経を読ましむ。旧、嘗て伝説に見る、此の事、実に以て笑う可しと為す。〔▽七六七頁〕
夫れ人君と為りては、当に須く至公にして天下を理め、以て万姓の歓心を得べし。昔、尭舜の上に在るや、百姓、之を敬すること天地の如く、之を愛すること父母の如く、動作興事、人皆之を楽み、号を発し令を施し、人皆之を悦ぶ。此は是れ大祥瑞なり。此より後、諸州の所有祥瑞、竝びに申奏を用ひざれ、と。〔▽七六八頁〕